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26. 僕の叔母さん

叔母さんは僕が「叔母さん」と呼ぶのを嫌がる。なぜなら、僕と叔母さんは同い年でどっちも33歳だからだ。同い年の叔父・甥とか、叔母・姪ってのは滅多にないのだが、世間に皆無というわけではない。祖母が高齢出産しその娘が若年出産すると、叔母さんと僕のような関係になる。稀ではあるが甥より歳下の叔母さんだってあり得るのである。

「“叔母さん”って呼ばないで!祐美って呼んで?」と叔母さんは云う。叔母さんを祐美さんと呼ぶのは何かよそよそしいような、また慣れ慣れし過ぎるような複雑な気分がするので、叔母さんを呼ぶ時にいつも僕はまごついてしまう。

祐美さんは元婦人警官だった。それも交通整理や駐車違反の摘発なんて穏やかな役目じゃなく、もっと勇ましい仕事を好んでいて、数々の武勇伝があった。それが災いしたのだ。ある日、あるヤクザ組織の盗難車売買の現場を警官隊が急襲した時、パニックに陥ったチンピラが拳銃を乱射し、一弾が祐美さんの右脚に命中した。それが原因で走れなくなった叔母さんは事務部門に廻された。勇ましい叔母さんは事務の仕事を嫌って退職した。

それと同時に結婚生活にもヒビが入り離婚してしまった。そして姉(僕の母親)の家に転がり込んで来た。しかし、祐美さんは不死鳥だった。警官だった経験を活かして『新宿鰐』という刑事ものの小説を執筆し、シリーズが何冊も出版され、そこそこ売れていたのだ。

「叔母さん、…じゃなくて祐美さん!」彼女の新刊『新宿鰐IV 肉欲血脈』を読み終えた僕は、彼女の部屋に本を返しに行った。祐美さんは執筆中で、机に向かっていた。僕は「凄く面白かったよ。売れるよ、間違いなく!」と云った。
「そーお?」と祐美さんが云い、「だと嬉しいわ」とにこにこした。祐美さんは日本人には珍しい彫りの深い顔立ちで、まあ美人の部類だった。短髪、切れ長の目に色っぽい唇、おっぱいと尻がでかい魅力的な身体の姥桜だ。独身の僕は何とかしてこの叔母さんをモノに出来ないかと考えていた。彼女は未成年でも処女でもないから、叔母・甥でセックスしても何ら問題はない。出戻りで数年経っているから、男を欲しがっているに決まっている…と僕は踏んでいた。
「一つだけ気になったとこがある」と僕。
「なに、どこ?」と祐美さん。真剣である。
「あのさ、鰐淵警部と恋人のバイオリニスト・晴子との初めてのベッドシーンあるじゃない?」と僕。
「うん。で?」と祐美さん。
「鰐淵が晴子にクンニして、その後すぐおまんこを始めるってのはちょっとなあ…」僕が云った。
「どうして?女が濡れたら男はすぐやりたくなるもんじゃないの?」と祐美さん。

「男が初めて女と寝る時、男の関心は二ヶ所あるんだ。おっぱいとおまんこの二つ」と僕。「クンニすればおまんこは見られる。だが、まだおっぱいが手つかずだ」
「?」祐美さんは不可解な顔をしている。
「男にとっておっぱいは重要なんだよ」僕が説明した。「大きかろうが小さかろうがサイズは問題じゃない。愛しい女のおっぱいは女の顔と同じように愛しい。だから、おっぱいに触らずにすぐおまんこ始めたりはしないもんだよ」
「へえ?」別れた旦那との経験しかない祐美さんはショックを受ける。(旦つくはどうだったっけ?)「男は女のお尻も好きじゃない?」
「お尻はクンニしながら触れる」と僕。
「あそうか」

「だから僕としては鰐淵警部が晴子とベッドインしたら、先ずキスしながら彼女のおっぱいに触る。乳房を揉んだり乳首を舐めたり舌でつんつん弾いたりちゅうちゅう吸ったりして、晴子が充分興奮するまでおっぱいと戯れるのが順当だと思うんだ」と僕は云った。「クンニはその後だよ」
「真佐夫ちゃん」と祐美さんが云った。真佐夫というのは僕の名前だ。「あなた凄い経験者みたいね。とってもリアル」
祐美さんが僕のおっぱいへの愛撫の描写で興奮したのは明らかだった。僕は祐美さんににじり寄り、「だからこんな風に…」と云いつつ彼女のおっぱいに触ろうとした。
その瞬間、祐美さんがすっくと立った。自分の脚を迫り来る僕の脚の外にかけ「でやーっ!」と叫んだかと思うと僕を床の上に叩きつぶした。「いででででーっ!」僕は叫んだ。背中が床にぶち当たって、痛いのなんの。 「あら、ごめん。つい」と祐美さんが云った。
「なにが、“つい”だい!今のは何なの一体?」床に伸びたまま僕が聞いた。
「大外刈り。あたし柔道二段だから、つい技が出ちゃったの」と祐美さん。

数日後。
「真佐夫ちゃん、頼みがあるの」と祐美さんが云った。「新作にまたベッドシーンがあるんだけどさ。ちょっと原稿読んでみてくんない?あなたの意見を聞きたいの」祐美さんがワープロ原稿を印刷したものを差し出した。
「オッケー!」

翌日、僕は祐美さんの部屋を訪ねた。「読みました。凄いじゃない!晴子がブラームスのバイオリン協奏曲の演奏会場で殺人鬼に狙われ、それを鰐淵が助けるなんて!」
「まあね」床に座っていた祐美さんが鼻を蠢かした。
「でも、その後のベッドシーンはがっかりだなあ」と僕。
「え?なんで?」祐美さんが意外な顔をした。
「だって晴子は撃たれて死ぬかも知れなかったんでしょ?それを鰐淵に助けられた。特別な夜、特別なセックスの筈でしょ?」と僕。
「そら、そうね」と祐美さん。
「だったら晴子は真っ先に鰐淵にフェラチオすべきだよ、感謝の気持を篭めて」
「フェラチオ?」
「そう。フェラチオするのが最高の感謝と愛の表現ですよ」僕が力説した。
「あたし、フェラチオ嫌いなのよ。セックス奴隷みたいで…」と祐美さん。
「なに云ってんですか!祐美さんの好き嫌いと登場人物の好き嫌いをごっちゃにしちゃ駄目じゃない!」僕は熱弁した。「読者に晴子の気持を伝えることを優先しなきゃ!」

「フェラチオねえ…」祐美さんが考え込んだ。
「鰐淵だって黙ってフェラチオされていませんよ。69の体勢で晴子にクンニするでしょう」と僕。「これがあるべきクライマックスだと思うんだがなあ!」
「うんっ!真佐夫ちゃんの云うことに一理あるわ。書き直す。お礼云わなくちゃね」と祐美さん。
「お礼なんかいいですよ。それより…」僕は祐美さんの身体を押し倒そうとした。
と、祐美さんの身体が沈んで小さく縮み、その足の一本が僕の下腹に当たったかと思ったら、「うりゃああーっ!」祐美さんが叫び、僕の身体は宙を飛んだ。僕の着地点には祐美さんの箪笥があり、僕はしたたかに頭をぶつけた。「痛あああああ~いっ!」僕は気絶した。
「あらま、どうしましょ!」祐美さんは僕のみぞおちに活を入れた。
「ふ~つ!」僕は蘇生した。「今のは巴投げってやつだ。僕知ってるもん」僕は痛む頭を氷で冷やすために部屋を出た、とぼとぼと…。

その後、僕はエロ場面演出コンサルタントとして祐美さんの創作を手伝うようになった。この日も彼女の求めに応じて部屋に呼ばれ、二人でこたつに入って小説のベッドシーンを考えていた。僕の役割は男が考えるスケベな性技を案出することだった。僕が思案する時、自分では気づかずに目が祐美さんのデカパイに注がれることがあった。
「ひょっとして真佐夫ちゃん、X線で透視してる?」祐美さんが云った。
「え?なに?」僕は慌てて目を逸らした。
「あたしの胸見てた」と祐美さん。「スケベ」
僕は顔を赤くした。「スケベな場面考えてるんだからしょうがないじゃない!」僕は強弁した。
「またあたしに襲いかかると痛い思いするわよ?」祐美さんが脅す。
「それは痛いほどよく分かってますよ」僕は頭を押さえながら云った。

「あなた、やりたくなるたんびに女に襲いかかるわけ?」祐美さんが聞いた。
「まさか。口説いたりラブレター送ったりするさ」と僕。
「じゃ何であたしにもそうしないの?」と祐美さん。
「えーっ!だって叔母・甥の仲で口説いたりラブレターって何か変じゃん。わざとらしいよ」僕が云った。
「叔母・甥だって男と女なのよ?口説いて欲しいのよ、襲いかかるんじゃなく」祐美さんが云った。
「えーっ?それって…?」僕は(その気があるってこと?)という言葉を飲み込んだ。
「あたしだってやりたいの。口説かれれば落ちるかも…」と祐美さん。
「そんなら…」僕は祐美さんに抱きつこうとした。
「ほらまた!怪我するわよ。あたしは柔道二段、剣道三段よ?」祐美さんは物差しを僕の鼻先に突きつけた。
「ちぇっ!」僕は婦人警官には勝てない。

数日後、また祐美さんと顔を合わせた。
「あなた、あたしのこと諦めたの?」祐美さんが聞いた。
「そうじゃないけど、祐美さんをいまさら口説くなんて照れくさくて」と僕。「同じ家で寝起きしてるのに『たまには食事でもどうですか?』なーんて云えないじゃない」
「だったらラブレター頂戴。待ってるわ」祐美さんが背を向けてすたすたと離れて行った。

流行作家にどんなラブレターを書けというのだ?文才ではあちらに敵わない。実を云うと彼女に惚れているわけでもない。身近で手頃にやれる相手というだけのことなのだ。それはあちらにしても同じだ。惚れ合ったって叔母・甥では結婚も出来ないのだから、ラブレターなんて書きようがないではないか。

ある日、僕は一枚のプリントを持って祐美さんの部屋を訪れた。
「これ、僕のラブレター」僕は祐美さんにプリントを渡した。
「へえ?」プリントを手に取った祐美さんが目を丸くした。「逮捕状?!!!」
僕はインターネットで見つけた逮捕状の見本を改竄した。被疑者の氏名を祐美さんの名前にし、請求者は僕。罪名は「色情をそそる肉体を誇示したる公然猥褻罪」とした。
「わっははははは!これがラブレター?あはははは!」祐美さんが腹を抱えて笑った。
どうやら馬鹿にされそうだと考えた僕は廻れ右してドアに向かった。
「気に入ったわ!今夜10時に逮捕しに来て!」祐美さんが云った。
「!」僕は狂喜した。成功したのだ!(やった!)

その夜、僕は同い年の叔母さんに夜這いした。僕の持論の通りキスし、おっぱいをしゃぶったり揉んだりし、その後クンニを施した。祐美さんのおまんこは経年変化でやや変色していたが、形は綺麗だった。出産を経験していない膣はきつく、膣壁のうねるような襞々は名器の証拠で、ペニスを抜き差しする度にズーン!と痺れるような刺激が僕の脳天を直撃した。祐美さんも好色女のように僕の腰に両脚を巻き付け、久し振りの性交にひーひー云ってよがった。絶頂に達しても僕を巴投げで放り投げたりしなかった(よかった!)。惚れた腫れたではなく、純粋に快楽だけを求めての交わり。これこそ大人だけに可能な粋(いき)というものだろう。

僕が祐美さんの身体を欲することはしょっちゅうだったが、彼女が求めなければ僕は夜這いを控えた。彼女にとっては執筆活動が第一なので、夜であれ昼であれ彼女の仕事の邪魔をしたくなかったからだ。

新作『新宿鰐VI 絶頂回廊』を読んだ時、僕は驚いた。「あとがき」に次のような一行があったからだ。「いつもながら田中真佐夫氏には多くのヒントを頂いた。お礼を申し上げる。ありがとうございました」読者たちはむろん知るまいが、何を隠そう田中真佐夫とは僕のことで、「多くのヒント」とは濡れ場の表現のことだ。読者が少しでも興奮したら、それは僕の功績なのである。新宿鰐よ永遠なれ!




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