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01. 淫乱地主

頃は明治末期。山形の山奥の村の貧農の次女「おまん」は12歳。くりくりした目に、愛嬌のあるちょっと丸っこい鼻、赤いほっぺでおちょぼ口の可愛い少女である。父・萬造(40歳)と兄・宗治(18歳)は、地主から借り受けた五反の田んぼで米作りをしているが、旱魃や病害虫の発生などによって収穫は常に思わしくなく、地主からの借金は増える一方だった。長女・おつる(16歳)は大都市の製糸工場で女工として働いていて、月々の給金のほとんどを親元へ送ってくれており、それが一家の生活を支えていた。母が数年前に過労で亡くなったため、おまんが家事一切をやらざるを得なかった。只でさえ苦しい生活なのに、萬造は毎夜どぶろくを呑む。それが家計を圧迫してろくなお菜も揃えられず、食事といえば大根飯や漬け物だけで飢えをしのぐ有様であった。

「父ちゃん、おれ学校さ行ぎで(行きたい)。行がしてけろ。な?」ある日、おまんが云った。
「馬鹿こぐでね。教科書だのえんぺつ(鉛筆)だの買うじぇねこ(銭)どごさある?とんでもねこんだ」萬造はにべもなく退けた。
「父ちゃんがさげ(酒)呑まねばえんだ。さげ止めれば教科書買えるだ」
「やがまし(うるさい)。さげ呑まねでいられっか。ほがに何の楽しみもねんだがら」
「おれ学校さ行ぐ。みんなど同しように学校さ行ぎでえんだ。父ちゃん、お願えするす」おまんが萬造の前で床に頭を擦り付けて頼む。
「駄目なもんは駄目だ。あっつさ行ってろ!」萬造はどぶろくを呷る。

「なして駄目なんだ?ほが(他)のわらし(子供)とおれは、どう違うだ?」おまんが食い下がる。
「おめ(お前)は母ちゃんの代わりせねばなんね。三度のまま(食事)作って、掃除して洗濯して、風呂沸がして、床とるだ。学校さ行ってる暇なんぞねえ」と萬造。
「おれ、学校さ行っでもまま作って洗濯して掃除して風呂沸がす。床もとるだ。だがら行がせでけろ。な、父ちゃん!」
「そったらごど出来るわげねえべ。学校さ行っだら家のごどなんぞ出来っこねえ。駄目だ、駄目だ。もう寝ろ!」萬造はおまんにくるりと背中を向けてそっぽを向いてどぶろくを呷(あお)った。
「父ちゃん!」おまんが必死で叫ぶ。
「もうくぢ(口)きがね。寝ろつったら寝ろ!」

おまんは悲しかった。実際には、学校へ行けないのはおまんだけではなかった。この山奥では分校へ行くのでさえ徒歩で数時間かかったから、家の手伝いをする多くの子供は学校へは行けなかった。まして、主婦のように家事をするとなれば、両立するわけがない。しかし、おまんは子守りに雇われて麓の村で暮らした際、村の子供たちが男の子も女の子も学校へ通う姿を見ていた。学校からは唱歌の合唱が聞こえ、運動場からは子供たちの楽しそうな声が伝わって来た。羨ましかった。おまんも学校へ行きたかった。その夜、おまんは泣きながら眠りについた。

翌朝、萬造はおまんと目を合わせようともせず、麦飯と沢庵だけの朝食を、白湯で腹に流し込んで畑仕事に出て行った。兄の宗治はごってりと汚れ物をおまんに向って放り投げた。
「おまん、今日中に洗濯すろ。ええな?」
「兄(あん)つぁ、これまだ綺麗でねえが。こん次でいがんべ?」
「駄目だ。今日中だ。やらねがっだら、しぱだぐ(ひっぱたく)ど。ええが?」
この家の男二人は、おまんが一番楽をしていると考えていた。奉公に出すと逃げ帰るか暇を出されて、金を稼がない。男たちのように汗みどろになり、足腰が痛くなるような肉体労働もしていない。彼らにすれば、おまんは穀潰しに過ぎなかった。

その日、おまんが井戸端で洗濯していると、庄屋の奉公人の次男・卓二(14歳)がやって来た。通称“庄屋”はこの付近の大地主で、萬造をはじめ多数の小作人に畑を貸し、金を貸し、収穫を絞り上げては小作人を殺さぬように、生かさぬように支配していた。その豪壮な屋敷には何十人もの下働きが雇われている。卓二の母は夫を亡くしてから庄屋の賄い婦となっていた。卓二はおまんを妹のように可愛がっていて、時々お菓子だの鉛筆だのをくれた。おまんもそんな卓二を慕っていた。
「おまんちゃん、父ちゃんは畑が?」卓二が聞いた。
「おお、びっくらした!」おまんが振り返る。「卓二あんつぁ、父ちゃんに何が用が?」
「うん。庄屋さあが、ばんげ(今晩)来てけろって。父ちゃんさ、云ってけろ、な?」
「わがった。ちゃんと云うがら」
「おまんちゃん、ええもん持って来たぞ」卓二が端正な顔に笑みを浮かべながら云う。
「えっ?ほんどが?何だべ?」おまんは立ち上がって前掛けで両手を拭く。
卓二はそれまで手を後ろに廻して隠していたものをおまんに差し出す。
「?」おまんが出されたものをしげしげと見る。
「庄屋さあが旅行の土産に買って来た饅頭だ。みんなに一個ずつくれださげ、おれの分おまんちゃんにやる」
「ふーん?」受け取ったおまんが饅頭をしげしげと見る。
「名物の薄皮饅頭だ。うめえど。さ、け(食え)」
「んでも、卓二あんつぁのもん食(け)ね」おまんが顔を横に振る。
「ええんだって。おれ、そいづはめえ(前)に食(く)たごどあんなだがら。おめ(お前)、け(食え)」
「んだば、半分こすべ」
「おれは、いらね。全部おめ(お前)のもんだ」卓二は後ずさりする。「おめ(お前)のあんつぁに取られる前に、ちゃっちゃどけ(早く食え)。な?」卓二は、くるりと身を翻し、とっとことっとこ駆け去って行った。

おまんは薄皮饅頭を食べ始めた。それは程のよい甘さの饅頭なのだが、甘いものなど食べつけないおまんには、もの凄く甘く感じられた。おまんはゆっくりゆっくり味わいながら食べた。

畑から帰った父に、おまんは庄屋の伝言を伝えた。
「何の用だ?」と萬造。
「しゃね(知らない)。ただ、来てけろて」とおまん。
「借金返済の催促だべ。くそ!」びくついた萬造は、酒も呑まずにめしだけ食って出て行った。

庄屋の家にやって来た萬造は番頭に取り次ぎを頼んだ。座敷に上げられるのが普通なのだが、この日は違った。庄屋は出て来ると、「ついで来(こ)」と短く云うなり、先に立ってすたすたと表に出た。面食らった萬造があわてて後を追う。

家の裏手は川になっていて、小舟が二艘ほど舫(もや)ってある。庄屋はその一艘に乗り込み、萬造に「漕げ」と命じた。わけがわからないながら、萬造はどうも庄屋は人に聞かれては困る話をしようとしているのだと悟った。萬造はゆっくり船を漕いだ。
「あの中州さ寄せろ」庄屋が命じた。
「へえ」萬造は云われた通り、中州に小舟を乗り上げた。周りに人家はなく、道路もない。密談にはもってこいの場所だった。

「萬造?」と庄屋。
「へえ」
「おめ(お前)にはすこだま(すごく沢山)金を貸してあるだな?いづ返(けえ)しでくれるだ?」
「…」萬造は(そら来た、困った)と思った。返すあてなどない。
「いづだ?」庄屋が意地悪く聞く。
「こどし(今年)の収穫済まねえど、何とも云えねっす。へえ」
「待でね。半分だげでも返(けえ)して貰うだ。このつぎずえ(月末)までにだ」
「ほ、ほだなごど云われでも、どうもなんねっす」萬造が舟底に両手をつく。
「つぎずえだ」庄屋が冷たく云う。
「後生っす」萬造は庄屋の前で両手を擦り合せて拝む仕草をする。
「萬造」庄屋が膝を乗り出す。
「へえ」
「これがら云うごどは誰にも話しちゃなんね」
「へ?」萬造がきょとんとする。
「もし、漏らせばおめ(お前)に貸した田畑取り上げで、この村さいられなぐすっど。わがたべな?」
「へ、へえ」萬造が頷く。

「ええ話だ。おめ(お前)に貸した金の半分ば棒引きにしてもええだ」と庄屋。
「ぼ、棒引き?」
「おれの頼みば聞いてくれれば…の話だ」
「ど、どだな頼みでがんすか?何でもやるす」萬造が骨を貰う前の犬のように興奮する。
「おめ(お前)んとごのおまん、いぐづになった?」と庄屋。
「おまん?」急に話が変わったので萬造はついて行けない。「こどし(今年)12っす」
「ええ歳だ。まだ処女のまんまが?」
「へ、へえ」
「おめ(お前)、まさがおまんとやってんじゃあるめな?」庄屋が萬造の目を見据える。
「や、やってるって、何をでがっす?」萬造には、ちんぷんかんぷんである。
「ぺっちょ(おまんこ)だ。おめ(お前)、嬶(かが)亡ぐして大分経つがら、おまんとやってっかもすんねど思ってよ」
「ほだなっ(そんなっ)!手前(てめえ)のおぼご(子供)とぺっちょなど、するわげねっす!」萬造が憤る。

「普通は、んだべ。でだども、おまんはめんこいし、おめ(お前)は独り身ださげな」と庄屋。
「やってねえもんはやってねっす!」萬造が口を尖らす。
「わがた。んじゃ、おまんをおれに抱がせろ。そしたら、金の半分、棒引きにしてやる」
「だ、抱ぐって。おまんは未だおぼごっす。ちぢ(乳)も出でねし、毛もね(無)っす」
「んだがら(だから)ええんだ。おれも55(歳)だ。並のあねこ(女)にはもう飽ぎだ。へなこ(女の子)とやりでんだ」庄屋が好色な正体を曝け出した。庄屋が妾を囲っており、女中などにも手をつけていることは村中が知っていたが、いまや彼の性欲は成人した女でなく幼い女の子に向ってしまったらしい。
「ほ、ほだなごど云われでも…」萬造にはやっと分った。庄屋も小作人の12歳の娘と無理矢理おまんこすることがいいこととは思っていない。妻や家族、奉公人たちに知られたくなかった。それでわざわざ舟の上の密談となったのだ。萬造は途方もない話に当惑し、しばらく返事出来なかった。萬造はいい父親ではなかったが、さりとて鬼でもなかったから、このヒヒ親父に処女の娘をぽんと差し出すわけにはいかなかったのだ。
「どうすっだ?つぎずえに金返(けえ)すか?」
「そ、そ…」それは不可能だ。
「ふだづにひどづ(二つに一つ)だ。どっちゃすっだ?」庄屋は煙管(きせる)を取り出して口にくわえた。




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