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10. すぐやる課

これは事実に基づいた物語である。

千葉県松戸市役所に「すぐやる課」が新設されたのは1969年のことであった。「とにかく遅い」と評判の悪いお役所仕事であるが、すぐ実行出来るものはすぐやるという、ユニークな趣旨の課として発足し好評を博した。【ここまでが事実】

ここ埼玉県網戸市役所の新市長・松川潔氏も、松戸市に倣って「すぐやる課」を設置することにした。山田洋三職員(54歳)が課長に就任し、渥美清司職員(46歳)が係長に抜擢された。補佐するスタッフは倍賞知恵子職員(33歳)、森川信一職員(28歳)、前田吟次職員(22歳)らであった。

網戸市役所の「すぐやる課」創設は、前日のNHKローカル・ニュースで取り上げられた。発足当日の朝、「すぐやる課」課員一同は緊張して市民の相談に備えた。森川職員と前田職員が受付カンターによじ上って「すぐやる課」の横断幕を張り巡らせていた時、最初の市民がやって来た。それは40代の熟れ切った感じの和服の女性で、倍賞知恵子職員が対応して所定の届け出用紙に必要事項を記入させた。倍賞職員が課員一同のお茶を淹れるべく席を立ってしまったため、女性が用紙を記入し終えた頃、手の空いている人間は山田課長と渥美係長だけであった。渥美係長が女性の応対に立った。

「ハイ、何でしょう?」と渥美係長。
「昨日、NHK見ました。何でもやって貰えるんざんすよね?」と女性。
「ええ。可能なことなら何でもすぐやるのが『すぐやる課』です」と云いつつ、渥美係長が用紙を一瞥した。「氏名:西田敏子、年齢:44歳」とあり、市内の住所が書いてあるだけで、肝心の要望が記入されていない。「奥さん、これには何をして欲しいのかが抜けてますね」渥美係長が指摘する。
「そんな、あからさまに書けないじゃないざんすか。やーだ!」西田敏子さんが顔を赤らめて渥美係長をぶつ真似をする。
「いえ、あからさまであろうが何であろうが、一応書式は完全に記入して頂けませんと…」と渥美係長。
「そーお?どうしても?書けば必ずやって貰えるんざんすね?」
「だから、何をですか?」温厚な渥美係長も少しいらいらする。
「おまんこです」西田敏子さんが云った。
ドドーン!と前田職員がカウンターから落下した。
「えー、何とおっしゃいました?」渥美係長が耳をほじくりながら聞く。
「すぐおまんこしてほしいんざんすの」と西田敏子さん。
ドドーン!と森川職員もカウンターから落下した。

「奥さん。あたしどもはですね、一応公務員ですからしてそういうことは出来ないんです」と渥美係長。「当課が対応出来るのは、どこそこの下水を修理しろとか、某公園のブランコを直せとか、スズメバチを退治してくれとか、そういうことなんですよ」
「でも、出来ることはすぐやるのが趣旨でしょ?」
「左様です」
「男の人なら誰だって出来るじゃありませんか。あなただって、床で目を回してるそこの二人だって」
「すぐやると云っても、一寸違うんですよ、奥さん!」
「どう違うのか説明して下さい。納得するまで帰りませんからね!」
「弱ったな、どうも。じゃ、課長と話して下さい」

「えー、課長の山田です。奥さん、何か誤解があるようです」と山田課長。
「誤解もへったくれもないざんす。『すぐやる課』だったら、すぐやって頂戴よ!」と西田敏子さん。
「いえ。その〜、おまんこというような個人的なことは業務の対象外となってますんで」
「じゃ、『可能なことはすぐやる』ってのは嘘なのね?そうなのね?」
「いえ、嘘というわけではないのですが…」課長がへどもどする。
「あたし、NHKに行って網戸市役所の『すぐやる課』は嘘つきだって証言します!」
「奥さん、そんな!」
「朝日新聞にも読売新聞にも埼玉日報にも云います!」
「困ります!発足早々、そういうマイナス・イメージは大変困るです!」
「じゃ、やってよ!すぐ!」西田敏子さんが攻め寄る。
「むむむ。一寸お待ち下さい」

「渥美君!」山田課長が係長を自席に呼ぶ。
「何です、課長?」と渥美係長。
「キミ、あの女性に対応してやってくれ」
「何ですって?あたしにあの女性とおまんこしろと?」係長がたまげる。
「しっ!声が大きい!」
「でも課長、そんなことは前代未聞ですよ!」
「分っとる。しかしね、キミ。私は万年係長でこのまま定年退職かと諦めかけていたところへ、新市長が私を課長にしてくれたんだ。『すぐやる課』は絶対に成功させなければならない。でないと市長に相済まんのだよ」
「私だって係長に抜擢してくれた市長に恩義を感じてます。しかし、だからって…」
「『すぐやる課』の未来は、あの女性が満足するかどうかにかかってるんだ。頼むよ、キミ」
「そう云われてもねえ」渥美係長はとぼとぼとカウンターに戻った。

「奥さん、一応事情をお伺いします」と渥美係長。「騒音によって御主人とのセックスが妨げられるとかでしたら、早速職員に調査させて対策を練りましょう。もし、より豊かな性生活をお望みでしたら、御夫婦で受講出来る市民講座もございます」
「あたし、未亡人で独り身です」と西田敏子さん。
「こりゃ失礼。しかし何ですな、奥さんのように綺麗な方が独りなんて勿体ないですな。再婚なさらないんですか?」
「こう見えても、あたしまだ現役の女なんざんすよ。ま、男に飢えてるというほどではないんざんすけど、時々はお注射が必要なんざんす」
「お注射?」係長が怪訝な顔をする。
「男性におまんこして貰うことざんす」
グワシャーン!と音がして、倍賞知恵子職員がお茶の盆を取り落とした。
「ですから再婚も考えました」平然と西田敏子さんが続ける。「でも、市役所がお注射してくれるんなら、再婚する必要はないざんす。さ、誰がやってくれるざんすか?あなた?それとも課長さん?ほんとはあちらのお若い方がいいんだけど」
「奥さん。お話はよく分りました。しかし、市役所にはそのようなケースに対応する場所がないんですわ」
「宿直室は?」
「学校とは違うんで宿直は置かないんです」
「休憩室はあるでしょ?」
「ありますが、畳の部屋ではなく、安食堂みたいな椅子とテーブルで…」
「医務室とか保健室のベッドは?」
「そういうものはないんです。ですから残念ですが、お引き取り下さい。ね?」

「あー、渥美君」山田課長が呼んだ。「隣りの保健所にいくつかベッドがあるだろ。それを使わせて貰いたまえ」
「課長〜っ!」折角西田敏子さんを諦めさせようとした努力が水泡に帰し、渥美係長が怨めしそうな顔をする。
「保健所の所長は私の同期なんでね。電話しとくよ」と課長。
「はあ」渥美係長はがっくりである。
「念のため、当市住民であることと本人であることの証明をして貰うように」と課長。
「ハイ。では奥さん、戸籍課で住民票の写しを貰って、健康保険証か何か本人である証明もお願いします」
「あら、随分面倒なのね」
「何分、役所ですからね」

全ての手続きが整い、渥美係長は西田敏子さんを隣りの保健所に案内した。山田課長の同期の所長が出迎え、渥美係長にコンドームを渡して「最初から着けなさいよ」とエイズ予防の助言をした。

西田敏子さんは髪を乱したくないのと和服を脱いだり着たりしたくないので、ベッドには上がらず、和服の裾をまくって床に膝をつき、ベッドにもたれ、お尻を突き出した。ノーパンなので、西田さんの陰毛に囲まれたおまんこが剥き出しになる。渥美係長のペニスは本能的にビヨーンと勃起した。震える手でコンドームを着用した渥美係長は、西田さんのおまんこにずびずびとペニスを突っ込んだ。
「あへーっ!」西田敏子さんがよがる。
渥美係長は西田さんの和服の脇から手を挿入し、西田さんのおっぱいを揉む。熟した、とろけそうな乳房が掌に快い。
「あうーん!いいわーっ!」西田さんが身をくねらせてよがる。
渥美係長はピストン運動をしながら、片方の手で西田さんの豊満なお尻を撫で廻す。
「あっはーんっ!」西田さんが腰を振って悦ぶ。
渥美係長は手を西田さんの前に廻し、そのクリトリスをいじくる。
「うわわわーんっ!」西田さんが死にかける。
渥美係長が腰と指の動きを最速にする。
「死ぬーっ!」西田さんが昇天した。『すぐやる課』の業務達成第一号であった。
「むむーんっ!」渥美係長がどどどぴゅーん!と射精して殉職した。

その日の午後、『すぐやる課』はミーティングを開いた。業務内容を明確にし、それ以外は対応しないということにしないと、西田敏子さんのような市民がまたやって来る恐れがあった。しかし、想定出来る業務内容は非常に膨大で、とても半日でまとめられるものではなく、翌日に持ち越しとなった。

「課長!」と、翌朝、渥美係長が云った。「昨日の女性が美容院でべらべら喋ったみたいです」
「なに?」山田課長がショックを受ける。『すぐやる課』の前には既に中・老年女性が五人も並んでいた。山田課長は頭を抱えた。
「最初の方、どうぞ」と森川信一職員。
「あたし、こういうもので、これが住民票の写しで、これが健康保険証。書類も記入してあります」と中年女性。西田敏子さんが行き届いた説明をしてくれたらしく、必要なものは見事に完備していた。
「で、御要望は?」と森川職員。
「口に出していいんですか?」と女性。
「口に出せないことですか?」
「そうです」
森川職員は係長に相談し、係長は課長に相談した。課長はまた保健所に電話し、森川職員は中年女性を伴って保健所に向かった。 次の女性は前田吟次職員が対応し、その次の女性は山田課長が対応した。渥美係長は四番目の老年女性のお相手となり、うんざりした表情を隠すのに苦労した。最後の女性は戻って来た山田課長が再度対応した。

「課長、凄いですね!」昼の休憩時間に森川職員が云った。「短時間に二回なんて!」
「タフですなあ!見直しました」と渥美係長。
「一番お年なのにね。凄いわあ!」倍賞知恵子職員が課長を英雄視する。
「いや、なに」山田課長が照れる。「私も働かなくちゃならんと思ってバイアグラを服んどいたんだ」
「あ、その手がありましたか!私も必要ですなあ!」と渥美係長。
「経理に頼んで公費で買って貰うか。コンドームもいつまでも保健所から貰うわけにもいかんし」

翌朝、山田課長と渥美係長が会議から戻ると、前田吟次職員が素っ飛んで来た。
「か、係長っ!大変です!」と前田職員。
「なんだね?」と渥美係長。
「お、奥さんが…」前田職員が『すぐやる課』カウンターの前の中年女性を指差す。それは渥美係長夫人の定子さん(42歳)だった。
渥美係長は口をあんぐりさせた。
「お前、何か用か?」と渥美係長。
「あたし、一市民としてやって参りました。これ、住民票の写し、健康保険証、それに…」
「そんなのはどうでもいい。一体どういうことだ?」
「あなた!あなたは妻をほっぽらかしにして、他の女性と毎日おまんこしてるそうじゃありませんか。冗談じゃない!あたしの方がやって貰う権利あるのに…」定子さんが涙ながらに云う。
「ここはそんなことをぐじゃぐじゃ云う場所じゃない。家で話そう。な?」渥美係長が人目を気にしておろおろする。
「帰りません。今日は是が非でもやって貰うつもりで来たんですから」
「そんな、お前!」
「あなたが嫌なら、森川さんでも前田さんでもいいのよ!」
「お前っ!」

「あー、渥美君」と山田課長が云った。「奥さんに対応して上げなさい」
「課長。それは業務命令ですか?」と渥美係長。
「そうだ。奥さん、ごゆっくり」課長が係長夫人ににっこり会釈する。
係長夫妻は保健所に消えた。

この日は『すぐやる課』の男性たちだけでは足りず、他の課の若手職員にも応援を頼むほどてんてこ舞いで、『すぐやる課』には倍賞知恵子職員一人が座っている状態だった。
「あの、こちら『すぐやる課』?」と中年男性が歩み寄って来た。
「そうです。何か御要望がありますか?」と倍賞知恵子職員。
「それよ、御要望ですよ。あんたでもどの女性でもいいんだけどね。すぐやらせて欲しい」
「一寸っ!ここは『すぐやらせる課』じゃないんですっ!。そういう御要望は諦めて下さい!」
「なにい?『すぐやらせる課』じゃねえ?市役所は性差別すんのか!女だけにサービスして、男は無視すんのかよ?」
「そういうことは市長におっしゃって下さい」
「『すぐやる課』だったら、『すぐやらせる課』をすぐ作りゃいいじゃねえか?え?」と中年男。
「課長が戻りましたら伝えます。今のところはお引き取り下さい!」

午後のミーティングで、倍賞知恵子職員が男の要望を伝えた。
「やはり来たか。いつそう云われるか恐れておった」と山田課長。
「『すぐやらせる課』が出来ても、あたしは嫌ですからね。そんな売春婦みたいな真似!」と倍賞職員。
「課長!」と渥美係長。「うちの家内を雇って『すぐやらせる課』を作ったらいいんじゃないでしょうか?」
「そりゃ名案だね。雇えるのは地方公務員試験をパスした者だけだから、奥さんはあくまでもボランティアという身分になるが…」
「係長の奥さんだけじゃ足りないでしょ」と森川職員。「セックスを求めて『すぐやる課』にやって来る女性を、全部『すぐやらせる課』に配属させたらどうです?」
「それまた名案だ!」と課長。「われわれは両者を引き合わせるだけで済むわけだ」
「相手を選り好みする人がいたらどうします?」と前田職員。
「そういう人は一年間のサービス停止」と倍賞職員。
「うん、それなら選り好みも出ないだろう」と渥美係長。

翌々日の朝、山田課長と渥美係長が会議から戻ると、前田吟次職員が素っ飛んで来た。
「か、係長っ!大変です!」と前田職員。
「今度はなんだね?」と渥美係長。
「む、息子さんが…」前田職員が『すぐやる課』カウンターの前の若い男性を指差した。それは渥美係長の長男・昭一君(20歳)だった。
「な、なんと!」渥美係長がたまげる。
「このままだと、奥さんと息子さんという組み合わせになりますが…」前田職員がごくんと唾を飲む。
それを聞いた『すぐやる課』は、課長以下が総立ちとなった。
「とんでもない!」渥美係長がカウンターに歩み寄り、「おい、昭一、帰れ!帰るんだ!」と云った。
「僕、お母さんとやりたいんだ。やれるまで帰らない」と昭一君。
「馬鹿云うな。近親相姦じゃないか!」と渥美係長。
「何でもいいんだ。僕、童貞だから女性を満足させられないと思う」と昭一君。「でも、お母さんなら許してくれる。だから、お母さんとやりたいんだ」
「昭一!」隣りの『すぐやらせる課』に座って聞いていた定子さんが立ち上がった。「誰が何と云っても、あたしはお前にやらせますよ。心配しないで!」
「お前!」渥美係長がわなわなと肩を震わす。
「こんなに求められている女がいるでしょうか?」と定子さん。「こんなに求められている母親がいるでしょうか?私は幸せです」定子さんは『すぐやる課』一同に深々と一礼した。「昭一。お前の初体験はお家で、裸でやりましょうね。お前に女の全てを教えて上げます」定子さんは息子の手を取り、静かに市役所の建物を出て行った。『すぐやる課』周辺の人々は声もなく、身動き一つせずに呆然と立ち尽くしていた。

数日後、網戸市は『すぐやる課』と『すぐやらせる課』を廃止した。理由は不明である。全国の市町村の歴史の中で最も短命な部課となり、今はこの事実を知る人の数も少ない。




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