![]() 05. タイムパッド パート1勉君(18歳)の叔父さんは発明家だった。叔父さんはずっと独身で、兄(勉君のお父さん)の地所の一角に工房を建てて様々な実験をしていた。勉君は少年時代から叔父さんの発明や工夫に関心を持っていたので、宿題を終えると叔父さんの工房に走って行き、叔父さんの助手になったり実験台になったりするのが常だった。しかし、その叔父さんは十年ほど前から急に発明をやめ、本を書き出した。一冊目は『成吉思汗の謎』で、光文書房からペーパーバックとして出版された。大方の評論家は眉唾の際物と決めつけたが、フィクションにしては非常にリアリティのある記述が読者に受けて、ベストセラーとなって版を重ねた。叔父さんは勢いに乗って『沙翁(シェークスピア)の謎』、『聖母マリアの謎』、『メアリー・セレスト号の謎』、『東洲斎写楽の謎』、『マリリン・モンロー怪死の謎』、『ケネディ暗殺事件の謎』、『大長今(デ・ジャングム)の謎』等々を書き、これらは文藝新潮社や講談書房などからハードカバーで出版された。叔父さんを「見て来たような嘘を書く世界一の大ホラ吹き」と誹る批評を尻目に、それぞれの著作はみなベストセラーとなった。叔父さんが執筆に専念したり、「取材」ということで家を空けることが多くなり、自然に勉君が叔父さんと顔を合わす機会は減った。 その叔父さんが亡くなった。癌であった。遺言により、係累のない叔父さんの預金と今後の特許料や本の印税は、全て日本対がん協会に寄付されることになった。勉君が驚いたことに、叔父さんは蔵書の全てを勉君に与えると遺言に明記していた。多分『謎』シリーズ執筆のための文献が多いのだろうと推察した勉君は、格別嬉しいとも思わなかった。勉君はあまり歴史や歴史上の人物などに関心がなかったからだ。 叔父さんの四十九日も過ぎたある日、勉君は叔父さんの工房を訪れた。がらんとした工房の片隅に大きな書棚があった。大部分は発明・工夫に関する技術的な本や特許に関するものである。予測していた歴史書や伝記などはほとんどなかった。不思議だった。(叔父さんはWikipediaかなんかだけ参考にしたんだろうか?Wikipediaで本を書けるんなら誰だって本が書ける理屈だけど…) 勉君は叔父さんのコンピュータを調べてみた。そこにも歴史や伝記に関するフォルダやファイルは見当たらなかった。一体、叔父さんはどうやって本を書く材料を仕入れたのか?謎は深まるばかりだった。 勉君は技術書の類いをパスして、一般書だけを念入りに点検した。百科事典の列に並んで"World History"と横文字で書かれた大判の本が目についた。歴史関連としてはこの家で見つけた初めての本である。勉君はそれを書棚から引き抜いた。5センチほどの箱に入っている。中身を滑らせて取り出す。勉君は目を見開いた。出て来たのは皮ケースに入ったiPadのようなものであった。ケースにAppleのロゴはないが、重さと形からいってiPadに違いないと思った。勉君がファスナーを開く。それはiPadではなく、中国製iPedでもaPadでもない。それどころかロゴすらなかった。(何なんだ、これは?)そのタブレット型コンピュータめいたものが正当に勉君が受け取れる遺産に入るかどうか、いささか疑問だったが、勉君はそれを自分の部屋に持って帰った。 自室のベッドの上で、勉君はそのタブレットをひねくり廻した。文字は一切記されていないが、メイン・スイッチらしいもの以外にボタンめいたものはないから、タッチパネル方式なのだろう。メイン・スイッチを入れてみた。画面にバラバラッと沢山の小さな画像が現れた。デジタル・カメラがメモリ・カードの内容を表示するサムネールと同じ感じだった。サムネールの一つを指先でタッチすると拡大される。もう一度タッチすると、元に戻る。手をフリップするとサムネール群が入れ替わる。勉君は試みに一つのサムネールを拡大し、数秒間指で押さえてみた。フッと無重力空間に浮かんだような気がしたと思ったら、いつの間にか広い草原で行われている騎馬や甲冑武者たちの大戦闘の真っ只中にいた。「ひーっ!」勉君は足が竦んだ。 "A horse! A horse! My kingdom for a horse!"という叫び声がした。王冠を頂いた傴僂(せむし)でびっこのヨーロッパ中世の騎士が、剣を杖代わりにして彷徨いながら叫んでいる。簡単な単語ばかりなので、英語の苦手な勉君にもその男の云っていることが解った。「馬をくれ、馬を!俺の王国をやるから、馬をくれ!」と云っているのだ。勉君はカメラとブーム・マイクを持った撮影クルーを探した。これは映画かTVの撮影に違いない。いや、兵士に扮したエキストラが1,000人以上いるようだから、これはTVではない。劇場映画だ。しかし、撮影クルーなどどこにも見当たらなかった。 勉君は思い当たった。そのタブレットはタイムマシンなのだ。叔父さんはこれを使って過去にタイム・トラベルし、実際に見たり聞いたり、人に会ったりして取材し、『謎』シリーズの全てを執筆したに違いない。描写や説明がリアルだったのはそのせいなのだ。叔父さんに歴史書や伝記の類いは必要なかった。当時の実在の人物から話を聞けたのだから、参考書など要らないのだ。しかし、いくら叔父さんが発明家とはいえ、電子機器であるタブレット型コンピュータなど作れる筈がない。ましてタイムマシンは無理である。どこかから手に入れたとしか思えない。どこから?宇宙人からか?馬鹿な!しかし、一体誰がこんなものを作れるだろう? 翌日、叔父さんのデスクトップ・コンピュータをオンにした勉君は、コンピュータの検索機能を使って、"tablet"とか"pad"のついたファイル、フォルダを探した。(あった!)"timePad"(タイムパッド)というフォルダがあり、PDF書類が納められていた。それには文字による説明はなかったが、例のタブレットの使い方が詳しく図示されていた。勉君はそれをプリントして持ち帰った。 勉君は歴史には丸で興味がなかったから、叔父さんのように世界史の謎を解くためにタイムトラベルするつもりはなかった。勉君の現在の夢は早く童貞を捨て、セックスやり放題の生活をすることだった。このtimePadをうまく使えば、それが実現するかも知れない。勉君は必死になって考えた。 勉君は15世紀の画像サムネールからジャンヌ・ダルク(19歳)を選び、詳細設定で1431年5月25日を選んだ。彼女が既にオルレアンの解放を導き、続くイングランド軍との戦いにも成功していた時期だから、またぞろ戦場で矢を射かけられる心配はない。この日付は、ジャンヌ・ダルクがイングランドの介入による異端審問で入牢していた時であった。勉君はルーアンのイングランド軍の牢内に突如タイムスリップした。 勉君はジャンヌ・ダルクの唇にキスした。最初はドライなキスだったが、次第に舌をジャンヌ・ダルクの口内に侵入させ、彼女の舌を舐め廻す。 勉君はジャンヌ・ダルクのクリトリスを舐め出す。 勉君はピストン運動を始めた。ジャンヌ・ダルクの処女の肉穴にすっぽりとペニスを絡めとられ、その温かい肉襞で擦られて、勉君のペニスは早くも我慢汁を滲み出させた。(まずい!)勉君はパニックに陥った。露払いの小結・我慢汁の後には、今や遅しと横綱・精子ノ海が待ち構えていたからだ。勉君は腰のエンジンをローギヤに入れ替え、スピード・ダウンさせた。 勉君はもう歴史上の人物はやめようと思った。女傑たちから毎回びんたを食らわされたらたまったものではない。timePad図解をよく見ると、ウェブ・ブラウザのように、訪れた場所と過去の時点が「履歴」として残っていることが判った。履歴は叔父さんが訪れた場所・時点であり、叔父さんがそこから生還出来たということは、その場所及びその時点が極めて安全であるということを意味する。突如戦争だの謀略・圧政・迫害・暗殺などに巻き込まれたくない勉君としては、叔父さんの履歴を再訪するのが無難に思われた。また、勉君はコンドームをいくつかポケットに入れて持ち歩くことにした。ジャンヌ・ダルクの場合は妊娠してもどうせ火炙(あぶ)りの刑で死んじゃうことが判っていたからいいが、そうでない場合、白人などが目尻の釣り上がったアジア人の赤ん坊を産んだらまずいだろうからだ。 勉君は叔父さんの履歴の一つを選んでタイム・スリップした。何と、そこはスペインの闘牛場のど真ん中だった。満員の大観衆の前で闘牛士と獰猛な雄牛の一騎打ちが行われている。その傍らに相撲の行司みたいに突如勉君が出現したことになった。「わあーっ!」と大観衆が一斉にどよめき、闘牛場は大騒ぎになった。と、猛牛が勉君に気づき、頭を低くし角を突き出して勉君に突進して来た。 自室に戻った勉君は赤いTシャツを脱ぎ、ワイシャツと黒いズボンに着替えた。「叔父さんの行った場所なら安全だ…なんて云った奴の顔が見たいよ、全く」勉君が独り言を云った。勉君は履歴の次の項目を選んだ。映画のタイムマシンというと、電磁気がビリビリ火花を散らしたり、目くるめく渦のトンネルを抜けたりするが、timePadは、ほんの一寸身体が浮くふわっという感じだけで過去に瞬間移動出来る。 着いた先はやはりスペインだったが、今度は街頭であった。お祭りの最中らしく、フラメンコの衣装を着た幼女、少女、妙齢の女性などがぞろぞろ歩いている。勉君が驚いたことに、そういう女性は(子供も大人も)みな凄い美人だった。あるいは、スペインの女性の顔立ちが日本人好みだということかも知れない。安全を見極めた勉君は、持って来たナップサックにtimePadを入れて背負った。落としたり盗まれたりすると、現在に戻れなくなってしまうからだ。 「キーッ!」と音を立てて真っ赤なスポーツカーが勉君の傍らで停まった。運転しているのは22歳ぐらいの女性で、これがまた超美人。映画スターじゃないのが不思議なほど。その女性は勉君を見ながらするするとウィンドーを下ろした。 アマリアは軽やかにスポーツカーを発進させた。互いに言葉が通じないことを悟った二人は、しばらく無言だった。車が石積みの湾曲した建造物の駐車場で停まった。アマリアがずんずん歩いて行くので、勉君も早足で従う。アマリアが切符を買って入って行った先に広がっているのは、何と先刻逃げ出したばかりの闘牛場ではないか!アマリアは叔父さんを知る勉君に闘牛を見せて歓迎したいらしかったが、猛牛に追われた経験を持つ勉君は困惑した。 闘牛はその後も続いたが、誰も真剣に見ていなかった。観衆はみな、幻のように現れ忽然と消えてしまった人物が何だったのか、口々に喚いていたからだ。闘牛士たちも、また妙な邪魔が入らないか気が気でなく、みな上の空の感じだった。アマリアと勉君は、気の抜けた闘牛場をさっさと後にした。勉君はアマリアに一万円札を見せ、両替の意思を「ユーロ、ユーロ」と云ってみたのだが通じない。(そうか、この頃はまだユーロ以前なんだ)と悟った勉君は、「ペセタ、ペセタ」と云い直した。アマリアが連れて行ってくれた銀行で両替した勉君は、お腹を指差して空腹であることを伝えた。上等なレストランに入った二人は、ワインを飲み、ガスパチョ(トマトの冷製スープ)やパエリャ(海鮮炊き込み御飯)を食べた。勉君が支払った。 アマリアは車を住宅街に向けた。車が停まったのは、白壁に色とりどりの花の鉢が無数に飾られている綺麗な家の前だった。アパートらしく、いくつもの扉が並んでいる。アマリアはその一つに勉君を招じ入れた。アマリアが棚の上に飾られていた写真額を勉君に見せた。十代の少女アマリアの肩を抱いて微笑んでいるのは、勉君の叔父さんだった! アマリアはしゃがんで一個一個コンドームを拾い集めた。 年上の女たちに殴られ通しの勉君は、今度は年下の女の子を狙うことにした。叔父さんのtimePad図解によると、Google Mapのようにある地点に焦点を合わせ、さらに年月日を選んで訪れることも出来るらしい。北緯44°13′25″ 北緯95°28′8″というデータを頼りにアメリカ合衆国ミネソタ州ウォルナット・グローヴという小さな町にズームインする。視界を、町外れの大草原に移動させる。しばらく右に左に指で視界をコントロールすると、あった!大草原の小さな家。勉君はその家の周りにズームインさせ、野原で遊んでいるであろうローラちゃんを探した。いた!ワンピースに胸から下までの白いエプロンを着けた10歳のローラちゃん。勉君は子供の頃、TVドラマ『大草原の小さな家』が大好きで、ローラちゃんのファンだった。幼いローラちゃんなら顔を叩かれないで済むだろうという目算だった。 【註】『大草原の小さな家』はフィクションではなく、Laura Ingalls Wilder(ローラ・インガルス・ワイルダー、1867〜1957)の自伝を元にしたドラマである。 |
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