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13. シャーロック・ホームズの妄想 パート1

【註:この原稿はシャーロック・ホームズ存命の頃にワトスン博士の手によって書かれており、雑誌編集者や出版社などには密かにその存在が知られていたものである。しかし、シャーロック・ホームズおよびワトスン博士両名の意思により、彼らの死後80年は公表を控えることとされていて今日を迎えたのである】

私(ワトスン)が、ベイカー街221番地Bの下宿でシャーロック・ホームズと一緒に暮らしていた時のことだ。この事件はちょっとした滑稽な予告編で始まり、不思議な密室殺人事件、およびある家族の悲劇へと発展したもので、当然ホームズの事件簿に書き加えられるべき要件を満たしていた。しかし、その事件の当事者たちが重要な役職にあったため、われわれは国際問題、社会問題としての悪影響を心配した。結論として、われわれはこの事件の詳細を一定期間伏せておく決意をしたのである。もちろん、新聞報道を抑えることは不可能なので、事件の表向きのことは読者も多分御存知に違いない。だが、我が友シャーロック・ホームズの洞察力と叡智が解決したこの難事件の全貌は、本稿によって初めて明らかにされるものである。

「おや?今夜は退屈しないで済みそうだぜ、ワトスン」二階の書斎の窓から、霧に霞む街路を眺めていたホームズが云った。
「依頼人らしい誰かが来たのかい?」と私。
「いや、残念ながら懐の温かい依頼人じゃなくて、懐のお寒い我らが公僕レストレード警部さ」
「こんばんは」スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)のレストレード警部が階段を上がって来て、いつもの椅子に腰を下ろした。彼は痩せて、イタチのような感じの黒目の男である。
「さ、話したまえ、レストレード」ホームズが云った。「当直の後、非番の一日を競馬場で過ごし、すってんてんになった君がここへ現れたというのは、われわれに酒代をねだろうというんでなければ、とても興味ある話を持って来てくれたに違いないからね」
「ホームズ、どうしてそんなことが分かるんだい?」私は、いつものことながらホームズの推理力に驚いた。
「初歩だよ、ワトスン君」そう云って、ホームズは桜材のパイプに火を点けた。ホームズは瞑想に耽る時は陶製のパイプ、論争に備える時は桜材のパイプをふかすのが常だった。
「私も伺いたいもんですな。どうして私の勤務状態や競馬のことが判ったんです?」とレストレード。
「君の上着のポケットから覗いているのは何だい?折り畳んだ競馬新聞じゃないか?」とホームズ。「警察官の君が仕事でなく競馬場へ行けるとしたら非番の日しかあるまい。そして今日は金曜だから、君の通常の休みではなく当直明けということになる。君の泥土まみれの靴を見れば、君が市内の賭け屋へ行ったのではなく、直接競馬場へ出向いたのは明白だ。その土の色からしてエプソムやアスコットではなく、サンダウンではないかと特定しているが、どうかね?そして現在この時刻に君の鼻が赤くないということは、パブで祝杯をあげられるような戦績じゃなかった証拠だよ」
「いやはや。全てお見通しですな。降参です」とレストレード。

「で、君の土産話は何だい?競馬の話なんかじゃないだろうね」とホームズ。
「当直の夜のことですが、馬鹿げた思い違いで引っ張り出されましてね」とレストレード。警部は、自分の手に負えない難事件をシャーロック・ホームズに助けられて、いくつも解決に導いていた。しかし、彼の上司は彼の脳味噌のレベルを知悉しているようで、彼はここ何十年出世せず、警部のままであった。
「ふむ。しかし、それが単なる馬鹿げた思い違いなら、君は僕に話したりしない筈だ。何か奇妙な要素があるのだろう、え?レストレード?」とホームズ。
「そう先を越されちゃ敵いませんな。ホームズさんの勘には参ってしまう」とレストレード。
「さ、話したまえ。どういうことだったんだ?」とホームズ。私も聞き耳を立てた。

「真夜中、在英日本公使館の馬車のお抱え馭者が署に駆け込んで来たんです。『公使が消えてしまった!』と云って…」とレストレード警部。
「大使館じゃないの?」と私。
「もうじき大使館になるでしょうが、今はまだ公使館なのです」とレストレード。
「誘拐かね?」とホームズ。
「いえ、中でかんぬきを掛けた夫婦の寝室から公使が消えてしまったと云うのです」
「ほう?」ホームズが目を輝かす。「かんぬきとは随分御丁寧じゃないか?」
「何せ公使館ですからね。国家機密に当たる文書もあるようで、それを寝室の金庫に入れて、ドアにかんぬきを掛けて寝てるんだそうで…」
「で、君が駆けつけて密室の人間消失事件の謎を解いたのかね?」ホームズがからかい気味に云う。
「それだと私の給料も上がるんでしょうが、そうは問屋が卸しませんでした」とレストレード。

レストレード警部は次のような話をした。日本公使館に駆けつけると、公使夫人の橘 雅代さんが日本風寝間着の上にドレッシング・ガウンを羽織っておろおろしていた。彼女は英語がほとんど話せず、片言と身振り手振りで警部に説明した。夜半にふと目覚めたら、横で寝ている筈の夫がいない。灯りを点けてみたが、ドアを見るとかんぬきは部屋の内側で掛かったままである。夫は部屋を出ていないのだ。しかし、ベッドの下にも押し入れにもどこにもいない。一体、夫はどうなってしまったのか!橘夫人はパニックになった…ということであった。

「このミセス橘が美人なんですわ」とレストレード警部。「一般に日本女性は小柄で可愛いのですが、この36歳の婦人は美しく色っぽいのです。公使夫妻の一人娘も出て来ましたが、このお嬢さんも16歳というのにミセス橘の美貌を受け継いで可愛いのなんの」
「君、女性の美醜などどうでもよい。消えた公使はどうなったんだ?」ホームズが苛々して聞く。
「私が橘夫人とその娘さんと話していると…」
「鼻の下を長くし、涎を垂らしながら…だろうね」私が混ぜっ返す。
「先生、からかわないで下さい。何と、その橘公使本人が夫妻の寝室のドアから現れたのです。『何の騒ぎだ、これは?』とか云って」とレストレード。
「えーっ?」私が驚く。「公使夫人が寝とぼけたということかい?」
「そうとしか考えられません」とレストレード。「夫人は『確かに貴方はいなかった』と何度も繰り返してましたが」
「で、君はどうしたんだい?」とホームズ。
「公使が誘拐されておらず、何も盗まれていないとなれば、犯罪は行われていないわけですから警察の出番はありません。署に戻りましたよ」
「何だ、そういうことか」ホームズががっかりした。

その後、われわれは「バスカーヴィル家のバター犬事件」や「踊るぽんぽこりん人形事件」を回想して盛り上がった。ホームズは自分の推理能力への賞賛は無視し、ひたすら犯罪の創造性と芸術性を希求することに熱弁を振るった。彼のお好みは「金髪連盟事件」や「六つのナポレオンの瓶事件」などであった。

その数週間後、朝食をしたためている私の前で朝刊を読んでいたホームズが、突然ガターン!と音を立てて立ち上がった。私はびっくりした。ホームズがかくも興奮するのは滅多にないことである。
「何てことだ!あれは予告篇だったのだ!」ホームズが云った。
私は彼が読んでいた新聞を引き寄せた。「えーっ!」今度は私が驚く番だった。新聞の見出しは『在英日本公使館令嬢絞殺さる』とあった。昨夜、16歳の公使令嬢・橘 菫(すみれ)さんが自分の部屋で犯され、首を絞められて殺されていたという。奇妙なことに、部屋のドアにはかんぬきが掛かっており、窓は全て内側から完全に閉じられていた。密室なのだ。では、犯人はどうやって令嬢の寝室に侵入し、どんな方法で脱出したのか?なお、令嬢の部屋には貴重品の類いはなく、他の部屋からも何も盗まれていなかった。「またシャーロック・ホームズ氏の登場ですかな?」と記者団に聞かれた担当のレストレード警部は、「捜査が行き詰まったらそれもあり得るでしょう」と答えたものの、すぐに名探偵に相談するかどうかは言明を避けた…と書かれていた。

「なぜ、レストレード警部は連絡して来ないんだろう?」私が独り言(ご)ちた。
「分からん」ホームズが云って、読書机に向かってさらさらと何通か手紙を書き、それぞれを金と一緒に封筒に入れた。その行動パターンは新聞の求人欄に三行広告を出す時のものだった。ホームズは窓を開け、「ヒューっ!」と指笛を吹いた。
五分後、ホームズは階段を下りて行った。窓から見下ろすと、我らが下宿のドアの前に、ホームズが「ベイカー街少年遊撃隊」と名付けた汚らしい身なりの浮浪少年たちが10人ほど、きちんと一列横隊に並んでホームズを待っていた。出て行ったホームズは何ごとか少年たちに指令し、すぐ行動に移るようにという身振りをした。ホームズは、少年遊撃隊の隊長である14歳ぐらいの少年を引き止め、例のいくつもの封筒を渡し、その他に何か別な指示も与えた。隊長が去って五分後、ドアの前で行きつ戻りつしているホームズの前に、彼が「ベイカー街少女特務隊」と呼んでいる少女たちが六人ほど集まって来た。ホームズの指示を受けた少年遊撃隊の隊長が派遣した少女たちに違いない。ホームズは、閲兵するように少女一人一人の顔や身体つきを点検した。少女たちは8歳から12歳の年頃で、貧しい身なりではあるが、みなこざっぱりとした服を着ていた。ホームズは六人の中の五人に小額の駄賃を与えて帰し、10歳ぐらいの女の子一人を連れて上がって来た。

少女は部屋に入って来ると、すぐ着ているものを脱ぎ、全裸になった。その少女はぱっちりした目の愛らしい顔をしていて、とても少女娼婦には見えなかった。少年のような胸と尻で、顔と割れ目だけが女であることを主張している。ホームズも全裸になった。彼はボクシングに自信を持っているだけあって、筋骨隆々とした美しい身体の持ち主だ。もし私に同性愛の性向があったら、彼に惚れてしまいかねないところである。ホームズはストラディバリウスと弓を手に、すっくと立った。女の子はホームズの前に膝を突いてしゃがみ、ホームズのペニスを舐め出した。
「ホームズ!」私が呆れたような口調で云った。
「君の忠告でコカインを止めたら、やけに食欲と性欲が亢進するようになってしまってね。君のせいだよ、これは」そう云って、彼はバイオリンを構えて即興で弾き始めた。少女にフェラチオさせながらバイオリンを弾くというのは、世界広しといえどホームズぐらいのものであろう。
最初半勃起状態だったホームズのペニスが見る見るうちに太く長くなり、少女の口には収まらなくなった。ホームズはバイオリンを長椅子に抛り出すと、少女をテーブルの上にうつ伏せにし、尻の方からペニスを割れ目にめり込ませ、おまんこを始めた。長身のホームズに較べると、小さな少女はまるで人形のように見える。しかし、ホームズの長く太いペニスの侵入を許している愛液まみれのおまんこは、人形ではなく完全に人間の女のものである。ホームズは少女の小さな尻をぴたぴた叩きながらおまんこした。
「あむむむ!」少女が小さな身体をくねらせてよがった。

ホームズと彼の36歳も年下の少女との性交を見るに及んで、私も催してしまった。他人の性交は春情を誘発するのだ。私は階下へ下りて行った。この下宿の女主人・ハドスン夫人(42歳)は一階の台所で何か料理をしていた。私は調理中の未亡人の背後から抱きつき、夫人のノーブラの豊かなおっぱいを揉み、乳首を弄くり廻した。
「まあ先生ったら!あたし、刃物を持ってましてよ?」と夫人が云った。
私は夫人のスカートとペチコートを捲り上げ、彼女の下穿きの尻の割れ目に、ズボンの中で勃起している私のペニスをぐりぐり押し付けた。
「あはーん!先生とだけおまんこしたら、ホームズさん妬かないかしら?」ハドスン夫人が包丁を俎板に置き、濡れた手をエプロンで拭きながら云った。
「ホームズは上で少女娼婦とやってます」と私。
「まあ!ホームズさんはおっぱいも出てない子供が好きなの?」
「みたいですな。私には理解出来ませんが」私が夫人のおっぱいを揉みながら云った。
「先生の方が正常よ」とハドスン夫人。「さ、あたしの部屋へ行きましょ」
私たちは夫人の寝室で裸になり、抱き合って舌を絡ませた。私はふくよかな夫人の身体を撫で廻した。
「大分お肉が余ってますね」と私。
「上にさせて?少し運動しなきゃ」とハドスン夫人。
彼女は私を仰向けに寝かせて股がって来て、垂直におっ立っている私のペニスを濡れたおまんこに収め、膝の屈伸運動を始めた。私はぶるんぶるん揺れるハドスン夫人のおっぱいを揉み、乳首を弄くり廻した。
「あっははーん!むーん!」ハドスン夫人がよがり始めた。

その日の午後、ハドスン夫人が上がって来て、「ホームズさん。日本の方が会いたいと云ってますけど?」と云った。
「あ、どうぞ通して下さい。待ってたんです」とホームズ。三行広告の結果に違いない。
立派な口髭をたくわえた小男の日本人が、とことこと17段ある階段を上がって来た。
「余は夏目金之助と申す。新聞広告を見て参上仕った」日本人がわれわれ二人に、どちらともつかずに云った。シェイクスピア時代の英語とまでは云わないが、かなり古臭い英語である。多分、ウィリアム・ブレイクあたりを読み過ぎたのだろう。「余は日本の高等学校の英語教師なれど、日本政府の奨学金を得てこの倫敦に語学留学中の身の上であり申す」ミスタ夏目が付け足した。
「ミスタ夏目」彼に椅子を勧め、私が茶目っ気を出して云った。「貴方は猫がお好きのようだ。私もそうですがね。貴方は慢性の胃病を患っておられ、現在一寸した神経病も病んでおられる御様子。日本政府はあなたに充分な援助をしておらず、衣食住に苦労しておられるようですな?」
「おいおい」お株を奪われたホームズが呆れた。
「さすが倫敦一の名探偵と呼ばれるホームズさん。恐れ入り奉ります」とミスタ夏目。
「いえ、ホームズはあっちです」私はホームズを指差した。「私は相棒のワトスンです」
「ええっ?」ミスタ夏目が目を白黒させた。

「ワトスン。君がミスタ夏目に関して述べたことの根拠は?」とホームズ。
「初歩だよ、ホームズ君」私は小鼻をぴくぴくさせながら云った。どんなにこの状況を待っていたことか!「ミスタ夏目の両袖に動物の毛が沢山ついている。多分犬か猫の毛だろうが、普通犬を両手で抱き上げたりはしないから、猫に相違ない。ミスタ夏目の両肩が濡れているということは、鉄道の駅からハンサム(一頭立ての二輪辻馬車)を雇わずに、小雨の中を傘をさして歩いて来られたということを示している。それはつまり、嚢中があまり温かくないことの証左である。健康上の問題は、純粋に医師としての見立てさ。ミスタ夏目の顔色やぴくぴく動く下瞼などがヒントだ」
「ブラボー!」ホームズが愉快そうに手を叩きながら云った。「君は僕のメソッドをすっかりマスターしたようだね」
「いや、門前の小僧ってだけさ」私は照れた。
「さて、ミスタ夏目」ホームズが真顔になった。「あなたは在英日本公使館に行ったことはおありでしょうか?」
「おお、あの令嬢殺害事件をお調べなのですな!」ミスタ夏目が思い当たったという表情で云った。「あんな可愛いお嬢さんを殺した奴は許せません。是非、犯人を見つけ出して下さい!」緊張がとけたせいか、彼の話し振りは今世紀の英語に近くなっている。
「ですが、スコットランド・ヤードから正式な依頼がないので、現在は公式な調査ではないのです」とホームズ。「ただ気になる疑問点を晴らしたいという私的調査に過ぎません。あなたにその通訳をお願いしたい」
「しかし、橘公使はオックスフォード出で、流暢な英語を話しますぞ?余が通訳する必要などないのでは?」とミスタ夏目。
「私が話したいのは公使夫人の方なのです。夫人はほとんど英語が話せないと聞いています」とホームズ。
「あ、それはその通りです」とミスタ夏目。
「お話の様子ですと、貴方は公使夫妻と親しいようですな?」とホームズ。
「いえ、親しいというほどではありません。ですが、数週間前前、あのお嬢さんの16歳の誕生パーティに招かれました」とミスタ夏目。
「招かれたのなら、親しいのじゃありませんか?」私が口を挟んだ。
「実際に親しかったのは、余と同じ下宿に滞在する長尾半平君です。余は彼に引っ張って行かれただけで…」
「何にしても公使夫妻と面識があるのは好都合です」とホームズ。

ホームズとミスタ夏目は通訳の日当についてやりとりし、結論を出した。
「正直云ってありがたい」ミスタ夏目が笑みを浮かべながら云った。「政府から届く金は、ほとんど書物の購入に充ててしまい、その残りで生活しているような始末なので」
「ミスタ夏目。貴方にやって頂きたいことが二つあります」ホームズが云った。「一つは私の橘夫人への事情聴取のアポイントメントを取ること、勿論、貴方が通訳として同席する。もう一つは私が夫妻の寝室と令嬢の寝室の調査をすることの許諾を得ることです。出来れば、どちらも橘公使がいない時の方が好ましいのですが」
「はあ。当たって砕けろで、やってみましょう」ミスタ夏目が緊張した面持ちで云った。
「ミスタ夏目。リラックスしてやって下さい。夫人に断られても日当はお払いしますので」ホームズが励ますように云った。
ミスタ夏目は安心した表情をし、帰り支度を始めた。

そこへハドスン夫人が夕刊を持って上がって来た。私が受け取り、ざっと一面の見出しに目を通した。私の目はその一つに釘付けになり、手がぶるぶる震え出した。
「どうしたんだ、ワトスン。また戦争勃発かね?」ホームズが行った。
「違う」私がかすれた声で云った。「公使令嬢が蘇生したそうだ」
「何だって?」ホームズが棒立ちになった。ミスタ夏目も身体を硬直させた。
「検視が終わり、令嬢の死体がモルグ(死体置き場)送りになる直前に、令嬢が蘇生した。お手柄の発見者はレストレード警部…と書かれている」と私。
「何と!」ホームズが唖然とした。
「それはよかった!万々歳だ!」ミスタ夏目が云った。「しかし、これで余は馘というわけですかな?」ミスタ夏目がしょぼんとした。
「いえ、ミスタ夏目。令嬢が生き返ってもまだ謎は残っています。私は調査を継続しますよ」とホームズ。
「おお、そうですか!」ミスタ夏目が安堵した。
「ですから、予定通り仕事を進めて下さい」とホームズ。
「分かりました。では、お二人とも御機嫌よう」そう云ってミスタ夏目は帰って行った。

「信じられんな」新聞記事を読み終えたホームズが独り言ちた。
「あり得ないことじゃないよ」医師としての私が云った。「通夜という儀式は死人の蘇生を期待してのことだし、事実世界中を探せば棺の中で生き返った例は沢山ある」
「それはそうだが、この19世紀の医学で死亡宣告された後での蘇生というのは奇跡に近いのじゃないか?」とホームズ。
「ま、医師や救急隊員も人間だからね。未熟だったり、拙速な判断というのもあり得るよ」と私。
「この事態は『小陰唇の捩じれた女事件』や『青い半玉事件』を想起させるね」ホームズが云った。
「僕は『鮒(ふな)屋敷事件』や『ペニスの曲がった男事件』を思い出していたところだ」と私。
「ワトスン。僕らが最後にトルコ風呂へ行ったのはいつだっけ?」
「さあ?僕の記憶が正しければ『セックス・ヴァンパイア事件』以前だと思う」
「一緒にどうかね?」ホームズが立ち上がった。
「いいね!君がトルコ風呂好きになってくれて嬉しいよ!」われわれはコートを引っ掴んだ。

翌朝、ミスタ夏目から電報が届いた。

タチバナフジン、オーケーセリ」ホンジツ、ゴゴイチジ、コウシカンマデオイデコウ」ナツメ

ホームズと私はハンサム(二輪辻馬車)を雇って在英日本公使館に赴いた。その日の朝、橘公使は日本の政治家たちと会うため、パリに飛んだそうだ。娘の殺人未遂事件もまだ生々しい最中というのに、公使ともなると公務に追われっ放しらしい。
ミスタ夏目が公使館前でわれわれを待っていた。建物は玄関を入ってすぐは事務室で、男女の日本人事務員が数名机に向かって書類作成や翻訳に没頭していた。その片隅に応接室と小さな会議室があった。ミスタ夏目が、奥の一つのドアを指差し、その向こうが公使一家の私的住居で、住み込みの女中の部屋もあると説明した。お抱え馬車の日本人馭者は、別棟に住んでいるという。

ミスタ夏目に続いて、われわれは橘夫人が待っている応接室に入った。
「初めまして。私がシャローック・ホームズ。こちらはパートナーのトム・ワトスン博士です」
「あら?ワトスン博士のお名前はジョンではなかったですか?」公使夫人・橘 雅代さんが、ミスタ夏目の通訳を介して云った。
「あれはペンネームです。本当はトムなのです」と私。
「お二人の御高名はかねがね承っております」と夫人。「でも、この件については担当のレストレード警部に何もかも全てをお話してありますが…」橘夫人は、小柄で華奢な身体を日本の伝統衣装である優雅なキモノと帯で包んでいた。彼女に関するレストレードの褒め言葉は、かなり控え目だったと云ってよい。その臈たけた美しさ、こぼれるような色っぽさは筆舌に尽くし難い。橘公使は、愛玩動物として、性のパートナーとして、この世で得られる最良のものを手に入れているとしか云いようがなかった。少女を好むホームズはそれほど興奮しなかったようだが、私などはその場に誰もいなければ夫人を押し倒したい衝動に駆られるところだった。
「奥様」ホームズが口を切った。「私はお嬢さんの件について伺ったわけではありません。数ヶ月前、御主人が神隠しに遭った時のことを伺いたいのです」
「えーっ!」橘夫人が驚いた。私もミスタ夏目も、口をあんぐりさせてホームズを見つめた。令嬢の殺人未遂事件をそっちのけで、夫人が寝とぼけたらしい出来事をほじくり返すとは!

「奥様」とホームズ。「数ヶ月前のあの夜、奥様が目覚めた時に御主人は横におられず、それどころか部屋の中のどこにもおられなかった。そしてドアのかんぬきは内側からちゃんと掛かっていた。それに間違いありませんね?」
「はい」夫人が答えた。
「しかし、警部を呼んで話していた時に、御主人は御夫妻の寝室から出て来られた。そうなんですね?」
「はい」
「御主人は、あなたが寝ぼけたんだとおっしゃったそうですが、奥様はそれを認めますか?」とホームズ。
「あたし…」夫人が美しい眉をひそめて、うろたえた。「主人があたし共の寝室から出て来たのは事実です。となると、あたしが慌てて騒いだとしか云いようがありませんわ」
「云い方を替えましょう。もし、御主人が行方不明のままだったら、奥様は御主人が神隠しに遭われたという判断を変えなかったのではありませんか?」ホームズが夫人の目を真剣に見据えながら云った。
「それはその通りです。あたしは確信していましたので」と夫人。
「それを伺いたかったのです。ありがとうございました」

ミスタ夏目が、夫人は夫妻の寝室と令嬢の部屋を見る許可を与えてくれたとわれわれに伝えた。
「そうそう、お嬢さんの容態はいかがなのです?」とホームズ。
「あんな目に遭いましたので、聖バーソロミュー病院で安静にさせています。身体は別状ないのですが、ショックが激しくて…」と橘夫人。
「犯人の人相などは?」とホームズ。
「それが…襲われる前から蘇生までの間の記憶がすっぽり消えているのです。何も覚えていないそうで」と夫人。「ですから、娘は捜査のお役には立てませんわ」
「そうですか…」ホームズが云った。
「ホームズ?」と私。「死ぬほど恐ろしい目に遭った場合、人間の脳は自分を狂わすような記憶を消し去ってしまうことがよくある。珍しいことじゃないよ」
「らしいね。じゃ、奥様、われわれはお部屋を拝見します」とホームズ。
「私はここでお待ちしています。どうぞ御自由にお調べになって…」夫人が云った。

ホームズは先ず夫妻の寝室に向かった。入念にかんぬきや壁、書棚、押し入れなどを点検する。
「アハア!」天井を調べている私を見て、ホームズが叫んだ。「君は『真鱈の干物事件』の例を考えているね?」
「勿論だよ。あの時の君の予知能力は凄かった。ぴたりと的中していたからね」と私。
「ふむ。僕は『恐怖のダニ事件』の方を評価するがね」とホームズ。彼は暖炉の中を拡大鏡で調べた。それは本当の暖炉ではなく飾り物で、本物そっくりの薪の絵が立体的に描かれていた。
「ミスタ夏目?あなたが鑑賞しているのは何です?」私が聞いた。
「いやなに」ミスタ夏目は見ていた掛け軸から目を離さずに答えた。「俳句という日本の短い詩でしてね。訳すと『別離を隔てるものは、夢のような天の川の流れである』といった内容です。書は下手ですが句は含蓄がありますな」
「へえ?」ホームズは日本の詩にさしたる感銘も受けないようだった。「この部屋で見るべきものは全て見たようだ。お嬢さんの部屋へ行こう」

われわれが令嬢・菫(すみれ)さんの部屋に入る前、ホームズは廊下で二つの部屋の間を行ったり来たりした。その後、ホームズは私とミスタ夏目を外に待たせ、令嬢の部屋の床を丁寧に調べた。「足跡を辿る技術は、探偵科学における最も重要な分野だが、これほど無視されているものもない」というホームズの信念を実践しているのだ。私がまた天井を調べている間に、ホームズはここでもかんぬき、壁や押し入れ、暖炉などを点検した。この部屋の暖炉も飾り物だった。ガラス戸が一枚壊れていたが、ミスタ夏目がそれは馭者が令嬢を救出しようとして壊したものだと説明した。
「ワトスン?」しばらくしてホームズが云った。「僕はこの密室の謎を解いたよ。君はどうかね?」
「ええっ?ほんとかい?かんぬきが強固なように、密室も完全に成立するように思えるけどね」と私。
「下宿に戻ろう。吉報が待っているかも知れない」ホームズが云い、われわれは橘夫人に礼を云って、グラウラ(四輪辻馬車)を拾って三人でベーカー街に戻った。下宿のドアの前の石段に例の少年遊撃隊の隊長が腰掛けていた。
「ホームズさん!」馬車から下りるホームズを見て、隊長が跳び上がった。「お探しの人を引っ張って来て、お部屋で待たせています。『ちゃんと礼金は貰えるんだろうな?』ってうるさいの何の」
「よくやった。助かったよ」ホームズは隊長への特別報酬として1ギニーを手渡した。隊長はにっこりし、何度も礼を云って戻って行った。

「あんたかね、俺を呼んだのは?」われわれが部屋に入ると、椅子に掛けていた粗末な身なりの60代の、髪も髭ももじゃもじゃで、荒れた手をした男が立ち上がりながら云った。「呼んどいて待たせるって法はねえだろう、え?」
「申し訳ない」ホームズが謝り、彼は男にいくばくかの金を与えた。「これはお待たせしたお詫びだ。酒代にでもしてほしい。で、僕の質問に答えて有益な話を聞かせてくれれば、さらにその三倍をお払いしよう」
「ほう?」男は急速に態度を改め、口の端を引き攣らせてにんまりした。「一体、何が聞きてえんだね?」
「先ずあんたの名前と住所を云って下さい。職業もね」とホームズ。
男の云うことを私がノートに書きとめた。男は大工だった。
「あんたは在英日本公使館の改修を請け負った。それは何年前?」ホームズが聞いた。
「六年前だ。今の公使の前の代だね」と大工。
「二つ並んだ部屋の間の穴を塞いだのは、あんた?」とホームズ。
私もミスタ夏目もびっくりした。密室の秘密がそんなにも簡単に言及されるとは思わなかったからだ。
「ほう?よく知ってなさるね。あれは前の公使があの建物を購入する前からあったもんだ。何のためか解るかい?」男が鼻を蠢かせた。
「元の持ち主が犬を飼ってたんじゃないか?」とホームズ。
「ヘっ!大当たりだ!」と男。「家の外へ出られる穴もあったんだ。おれは、壁を塞ぐか、作り付けの本棚か何かで塞ごうかって云ったんだが、前の公使は『次の公使も犬を飼うかも知れないから、穴はそのままにしとこう』って云ってね」
「で、飾りの暖炉を作って、穴を塞いだわけか?」ホームズが云った。
「んだ」と男。そろそろパブに行きたい時刻らしく、頻繁に唇を舐めている。

「飾りの暖炉は左右の部屋を、薪の絵を描いた板切れ一枚で塞いでいるだけだ。それを今の公使も知っているだろうか?」とホームズ。
「俺は今の公使から仕事を貰ってねえから、何とも云えねえね」と男。「前の公使が説明したかも知れんし、今の公使が自分で見つけたかもかも知れんし」
「来てくれてありがとう」ホームズが立ち上がって礼金を男に渡した。
「有り難えのはこっちだ。また聞きたいことがあったら呼んで下せえ」男はぺこぺこしながら去った。
「なあんだ。密室じゃなかったのか!」私が云った。
「君は液体人間とか空気人間の存在を信じるかね?」とホームズ。
「とんでもない!」
「でなきゃ、密室なんてものを信じちゃいかんよ。必ず仕掛けか錯覚を利用してるもんだ」とホームズ。
「いやあ、素晴らしい。ホームズさんは何でもお見通しですな」ミスタ夏目が賛嘆した。

「そうでもありません。特に今回のように東洋の人々を相手にする場合には…」とホームズ。「私は日本の武術バリツを学んでいるが、日本の文化についての知識はお寒いものでしてね」
「文化というより慣習についてなんですが…」ミスタ夏目が云い淀んだ。「橘家のパーティで気になったことがあります。些細なことですが」
「ほう?」ホームズがキラリと目を光らせた。彼は些細なことから糸口を見つけ出す名人である。
「お話なさい、ミスタ夏目」私が促した。
「先ずパーティの主人公であるお嬢さんが独奏でバイオリンの腕前を披露しました」ミスタ夏目が話し出した。「その時は橘夫妻はお嬢さんの背後に立っていました。次に奥さんがピアノを演奏しました。この時、橘氏とお嬢さんは手を握り合って立っていました」そう云って、ミスタ夏目はわれわれの顔を見比べた。
「それから?」とホームズ。
「その後、奥さんの伴奏でお嬢さんがバイオリンを弾きました」とミスタ夏目。
「それから?」と私。
「それだけです」ミスタ夏目が肩の力を抜いて椅子に寄りかかった。

「何も妙なところはないじゃありませんか」ホームズが苛々を隠しながら云った。
「日本人の目にはとても異常なのです」ミスタ夏目が云った。「われわれは夫婦でも恋人でも人前で抱き合ったり接吻したりしないのです。子供と手を繋ぐのは、子供が五歳か六歳までで、16歳の娘と手を握り合ったりはしません」
「驚いたな」ホームズが言葉を絞り出すように云った。
「所変われば…だね」と私。
「ま、橘父娘(おやこ)が西欧風の慣習に溶け込んだという見方も出来るのですがね」とミスタ夏目。
「確かに些細なことかも知れない」と私。
「しかし、二人が手を握り合ったのは、奥さんがピアノを弾いていた時だけ?」とホームズ。
「そうなのです」とミスタ夏目。「常にではありませんし、橘氏は奥さんと手を握り合ったりもしませんでした」
「つまり、奥さんが一心不乱に楽譜に目を走らせていて、父娘の姿を見る暇がなかった時だけというわけですか?」とホームズ。
「そうです」
「ふむ。少し考えさせて下さい。ミスタ夏目。これは二日分の謝礼です」ホームズが約束分の日当を手渡した。「また連絡します」
「いつでもどうぞ。では御機嫌よう」ミスタ夏目がとことこと17段の階段を下りて行った。

「どう思う?」私がホームズに聞いた。
「何とも云えん。データなしで理論を組み立てるのは重大な過ちだからね。少し瞑想に耽ろうかと思う」とホームズ。
「また少女に一物を舐めさせるのかい?」
「今日は男の子に舐めさせようかと思ってる」
「ひえええ!」私が呆れた。

夕食後、ホームズが12歳ぐらいの浮浪少年にフェラチオさせていると、突然彼の七歳違いの兄マイクロソフト・ホームズがやって来た。彼は政府の会計監査と、政策調整役というポストにある。ホームズより身長があったが、腹の出方も弟を凌いでいた。内省的な目だけが共通していた。
「あ、兄さん!」少年にフェラチオさせているホームズがうろたえた。
「男の子のフェラチオか」とマイクロソフト。ホームズによれば、マイクロソフトの脳は機械仕掛けの計算機並みに正確だそうだ。
「いつもは少女にやって貰うんだ。今日は特別」ホームズが弁解するように云う。
「馬〜鹿。逆だ。フェラチオはいつも男の子にやって貰え」とマイクロソフト。
「え?」ホームズがびっくりする。
「おまんこは女としろ、フェラチオは男にさせろ。どこをどう舐めりゃ気持ちいいか、よく知ってるからな」
「な〜る」とホームズが云い、男の子の頭を両手でがっしりと押さえると、激しいピストン運動で男の子の口を犯した。「おおお、むむ〜っ!」ホームズが呻き、ぼすこむぼすこむと少年の口内で射精した。
「君?」マイクロソフトが少年に云った。「小父さんもやって貰いたいがどうかね?料金はちゃんと払うよ」
少しの間ゲホゲホし、ティシューにホームズの精液を吐き出した少年がオーケーした。マイクロソフトが夜会服のズボンと下穿きを脱いだ。
「コヴェント・ガーデン(ロイヤル・オペラ・ハウス)かい、兄さん?オペラ?」ズボンを穿きながらホームズが聞いた。
「バレエさ。幕間に外務大臣から日本公使館のことを聞かれたよ。お前、調べてんだろ?」少年にフェラチオされながら、マイクロソフトが云う。
「うん。だが、今回はスコットランド・ヤードが相談に来ないんだ。仕方なく、ポケット・マネーで調査してる」とホームズ。
「そらいかん。明日、警視総監に会ってせっついてやる」
「ありがとう、兄さん」
「どうでもいいが、この子の小さい舌は素晴らしいね。気持ちいい〜!たまらん!」マイクロソフトも少年の頭を両手で押さえて急速に少年の口を犯す。「うむぐ〜!」マイクロソフトもぴゅぴゅぴゅーん!と少年の口内で射精した。

政界に顔の効くマイクロソフトの威力は絶大で、その効果は次の日の午前中に現われた。
「おはようございます」朝食を終えて寛いでいるところへ、レストレード警部が上がって来た。
「おや!名警部の御来駕、恐悦至極に存じ奉り候」ホームズがふざけて云った。
「どうやら公使令嬢殺害未遂事件解決の報が聞けるようだね」ホームズの尻馬に乗って私も皮肉を云った。
「いえいえ。それが…」とレストレード。
「しかし、解決の目処(めど)ぐらいは立ったのだろう?」とホームズ。
「なかなかどうして」レストレードが頭を掻く。
「密室の謎もかい?」ホームズが聞く。
「何も進展がありません。謎は深まるばかりで…」とレストレード。

「どういうことだい?君はかなり上の方から僕に相談しろと云われて来た筈だ。すっかり話したまえ」ホームズが苛々して云う。
「ど、どうしてそれを?」レストレードが驚く。
「そんなことはどうでもいい。謎が深まったとはどういうことかね?」とホームズ。
「令嬢のおまんこを調べた警察医が精液の血液型を特定しました」
「当然の手続きだね」ホームズが腕組みして結論を待つ。
「A型とAB型、二種類の精液が発見されました」
「?」ホームズがきょとんとした。
「二人の男に輪姦されたのかね?」私が興奮して叫んだ。
「そういうことになりますな」レストレードが、(さあ、どうだ?)とでも云わんばかりにホームズの顔色を窺う。

「レストレード」ショックを抑えてホームズが云った。「絞殺だと令嬢の首に皮下出血の跡がある筈だ。それについて警察医は何と?」
「これまた謎でしてね」とレストレード。「現代の法医学ではまだ皮膚からの指紋は採取出来ませんが、皮下出血で残された手の跡から、容疑者の体型を推定することは出来ます」
「そんな講釈は聞かんでも分かっている。結論は?」とホームズ。
「親指と人差し指の幅から云って、容疑者は非常な小男だそうです。16歳ぐらいの少年のような」レストレードが云った。
「何と!」私はたまげた。二人の男が16歳の令嬢を犯し、そのうちの16歳の少年が令嬢の首を絞めたとは!
「ほかに何か?」ホームズが尋ねた。
「令嬢の記憶喪失は以前と同じ状態です。精神医がかなり努力していますが、今のところ何も進展はありません」とレストレード。
「新聞報道によれば、令嬢が司法解剖される前に彼女の蘇生を発見したのは君だそうだ」とホームズ。「どういう具合だったのかね?」
「単に偶然の賜物です。鑑識の連中が仕事を終え、検視医の到着を待って私も署に戻ろうとしていました」とレストレード。「その時、令嬢の瞼がぴくんと動いたような気がしたのです。大慌てで人工呼吸を施しまして、それが功を奏し、検屍の必要がなくなったのです」
「素晴らしい!これで君も警視への道が開けたようだね?」とホームズ。
「いやあ、どうでしょうか?」レストレードが柄になく顔を赤くした。

「確かに謎は深まったようだね」レストレードが去ってから私が云った。「『第二のシジミ事件』より複雑怪奇な『二つの精液事件』と来たもんだ」
「そうは思わないね、ワトスン」とホームズ。「これは『イケメンの下宿人』よりは簡単だと思うよ」
「令嬢と同い年の少年が令嬢を強姦し、あまつさえ絞め殺そうとしたんだぜ?血液型以外、何の痕跡も残さずに」と私。
「じゃあ、『俺んちの種五つ事件』と同程度と云い直してもいい」とホームズ。「いずれにせよ、この事件の先は見えたよ」
「『悪魔のゲソ事件』のように解決してほしいもんだね」と私。『パイパンの女兵士事件』のような未解決は御免だ」
「ん?『パイパンの女兵士事件』ってのは覚えてないな」ホームズが云った。




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