02. 初夜権その頃、春日藩の飛び地であった新田郡六ヶ村(松田村、桐田村、檜田村、竹田村、梅田村、桜田村)の代官は、苗字帯刀を許された元百姓の村田与兵衛(48歳)であった。代官には徒士ランクの武士が任命されるのが普通だが、新田郡六ヶ村は藩の飛び地であっただけでなく、山間の貧弱な土質のせいか水質のせいか判らないが石高も他より下回っていた。要するに領主から軽視され、「武士を派遣することもあるまい。百姓に任せておけ」という土地だったのである。 与兵衛は代官に任命されたことを誇りに思い、藩主の期待に応え、最大限の努力で石高を増やそうとした。しかし、この貧しい土地でこれ以上年貢を増やすことは叶わない。何かいい知恵はないか?与兵衛は六ヶ村の長老たちを訪ねて廻り、昔話を聞くという体を装って秘策を得ようとした。あった!初夜権という制度を復活するのだ。 初夜権とは新たに結婚する予定の女に対し、施政者が破瓜を担当するという権利である。結婚式を終えた新婦は、新郎に抱かれる前に施政者(ここでは代官である与兵衛)と寝て処女喪失しなければならない。「そんなの嘘だろーっ」と思われる読者は、「初夜権」でネット検索を試みられよ。30万件近いヒット数がある筈だ。それには中世ヨーロッパの歴史的風習も含まれている。 世界に共通する初夜権の初まりは処女膜破壊に伴う出血にあるようで、どの国々でも古代から処女が忌み嫌われた。で、僧侶、長老、地主などが破瓜作業を行った。後世、この初夜権を王や領主が担当することになってから変更が加えられた。王や領主と新婦を性交させたくないと思う者は、定められた金子を支払って初夜権を買い戻せるようにしたのだ。施政者たちは処女相手に連日ペニスを血まみれにするよりも金を取る方がいいと思ったのである。何しろ、世界中の男女はくっつかずにはいられない生き物である。性交して子供を生み、育てたいという動物的本能の虜(とりこ)なのだ。そんな風に(神様か何かによって)プログラム設計されているのである。 ある長老からずっと昔の初夜権のことを聞いた与兵衛も、別に処女とやりたいというのではなく、銭か米かによって百姓たちに初夜権を買い戻させ、その収益を年貢に加えて領主に差し出して褒めて貰いたいと思ったのであった。むろん、与兵衛も男であるからして、女房以外の女と“業務上”おまんこ出来るかも…と考えて「ウシシ」と思ったのは確かである。どっちに転んでも損はないのだ。 与兵衛は上司である目付に初夜権についてお伺いを立てて、了承された。この時点で新田郡六ヶ村における初夜権は立法化されたわけである。与兵衛は六ヶ村の名主たちを集めて、初夜権について周知した。名主たちはとんでもない話に面食らったが、上意であると云われれば従わざるを得ない。名主の中には「お代官一人で処理するのは大変だろうから、各村の名主が代行しましょう」というスケベな提案があったが、与兵衛は自分で一本化すると云ってきかなかった。 与兵衛の思惑通り、比較的裕福な百姓の縁に繋がる男たちは、銭で初夜権を買い戻した。彼らは花嫁の身体を与兵衛に触れさせることなく、自分たちだけで初夜を迎えることが出来た。しかし、蓄えもなく裕福な縁者もない若者たちはそうはいかなかった。 初夜権を買い戻せない祝言第一号は、貧農の倅・太吉とお雪だった。太吉18歳、お雪16歳。二人は、余所から赴任した侍の代官ならともかく、百姓出身の与兵衛が本気で初夜権を行使するような不人情なことはすまいと考えた。いずれにせよ金はないのだから、一か八か与兵衛の良心に賭けるしかなかった。祝言の夜、宴の歌やざわめきが遠く聞こえる離れに、お雪が寝間着姿で仲人に連れられてやって来た。障子を開けると、与兵衛が黒紋付の羽織袴で待っていた。 「お代官様っ!」恐怖にわななきながら、お雪が声を振り絞って行った。「ほんとにやるだか?形だけでねえのげ?」 その夜、与兵衛はお雪の処女を奪った。古女房のおまんことは違うきついおまんこの味に興奮した。泣き叫ぶお雪のことは気にならなかった。初夜権を買い戻せない癖に夫婦になろうなどと思うのが身の程知らずなのだ。与兵衛は(銭は殿様のもん、処女のまんこはおれのもん)と、自分が思いつき実行している企てを自画自賛した。 与兵衛が本気で初夜権を行使するつもりであることが新田郡六ヶ村にバーッと広まり、しばらく誰も祝言を挙げようとしなくなった。中には同棲して実質的夫婦にはなるものの祝言は無しですまそうという者が現われた。与兵衛は名主たちを集め、祝言抜きで同棲している者からも初夜権買い戻しと同額の罰金を徴収すること、また名主たちは不心得者を調査して代官に報告する義務があり、それを怠った時は不心得者と同額の罰金を納めなければならないことを通達した。名主たちは自分の咎でもない罰金を払うことを恐れ、自分たちの村の戸籍調べに精出すことを誓った。 与兵衛の次の餌食は、茂作(16歳)とお小夜(14歳)だった。この二人も貧農の家に生まれ、裕福な縁者はいなかった。お小夜は田舎娘によくある小柄で寸胴の体型だったが、丸顔にぱっちりした目、赤い頬、おちょぼ口の愛らしい顔をしていた。与兵衛はお小夜とおまんこ出来ることに興奮し、二人の祝言を待ち切れなかった。与兵衛は怯える14歳の身体を触りまくり弄くり廻し、破瓜の痛みに涙を流すお小夜を犯した。 こうして初夜の前の処女狩りが続き、与兵衛は色気違いになってしまった。祭りや寄り合いで人が集まると、間もなく嫁入りしそうな娘を見つけては品定めし、彼女らが初夜権を買い戻せない身の上の野郎とくっつき、早く祝言を挙げないものかと胸を踊らせた。 中でも与兵衛が気に入ったのは、檜田村の娘・お八重であった。お八重は16歳で、花の蕾が開きかけて色気がこぼれるような美しい娘である。お八重の家も貧しく、よほどの豪農の嫁にでもならない限り初夜権を買い戻すことは出来ない。与兵衛は舌舐めずりして、お八重の縁談が聞こえて来るのを待った。 お八重の縁談の話が聞こえて来た。何と、それは与兵衛の長男・与太郎(18歳)の口からで、与太郎がお八重を嫁に貰うと云い出したのだ。与兵衛は開いた口が塞がらなかった。自分が狙っていた獲物を息子が攫おうとしている。冗談ではない。 もちろん与太郎には息子に貸せるだけの金はあったし、息子の相手がお八重でなければ貸してやるところであった。しかし、相手が自分の気に入っている娘・お八重であったことが、与兵衛の心を鬼にしてしまったのだ。与兵衛はお八重と公然とおまんこしたかった。その邪(よこしま)な欲望が与兵衛を狂わせたのである。 与太郎は悩んだ。金を貯めるか、密かに他村の名主から金を借りるまで待つか?しかし、そんな悠長なことをしていたら、お八重は17歳になり、18歳になってしまう。その間に他の縁談が舞い込み、お八重はどっかへ嫁がされてしまう恐れもあった。事実、人目を惹く美貌のお八重にはいくつも縁談があった。だが、お八重も与太郎を好いていたし、お八重の父親も代官の跡取り息子である与太郎に娘をやるのに異存はなかった。しかし、お八重の家に初夜権を買い戻すだけの蓄えなぞなかった。 「なに?嫁ば親父に抱がせるのが嫌だど?」権爺が与太郎に聞いた。権爺は痩せて腰の曲がった、皺だらけの顔に白い無精髭を生やした老人である。 「村田与兵衛か村田与太郎、どっちの種にしろ生まれるのは村田家の跡継ぎだべ」と権爺。 世の中には倅の嫁を誘惑したり手篭めにしたりしておまんこする輩もいるだろう。しかし、与兵衛は天下晴れて合法的に嫁を抱けるのだ。息子も嫁も嫁の親も仲人も、誰一人文句は云えない。しかも倅の嫁は、数多い娘たちの中で最も自分が惹かれた娘である。ウシシの極みであった。 祝言の夜、宴たけなわとなった頃、与兵衛が中座した。それを見た仲人がお八重を促し、お八重を伴って消えた。歌や踊りでさんざめく参会者たちはそれに気付かなかったが、新郎である与太郎だけが唇を噛んで新婦を見送っていた。 奥まった部屋で与兵衛はお八重と二人切りになっていた。 与兵衛はお八重を床の上に寝せ、その両脚を開かせた。行灯を引き寄せ、お八重の陰部を照らす。与兵衛はお八重の股間に這いつくばり、お八重のおまんこに顔を近づけた。ちょろちょろっと生えた陰毛の下に、むっちりと膨らんだ大陰唇が深い割れ目を刻んでいる。赤子のおまんこのようにあどけない割れ目。与兵衛は大陰唇を左右に開き、お八重の秘部を曝け出す。行灯の光を反射して、ぬめぬめと照り輝く蛤(はまぐり)の肉。与兵衛は吸い寄せられるように口を近づけ、お八重の16歳のおまんこを舐める。膣口も、尿道口も、陰核も。 息子に義理立てして操を立てようとしているお八重に、与兵衛は歯ぎしりした。そこまで慕われている息子への嫉妬心も湧いた。息子とその嫁の純情を汚している自分が憎まれ者だということも実感した。お八重が自分になびかないなら、お八重をとことんいたぶるのだ。与兵衛はお八重に口吸いした。お八重の口を舌でこじ開け、48歳の舌で16歳の舌を舐め廻す。 びんびんに怒張した与兵衛の男根は、速やかに女の濡れた肉の穴に深く埋め込まれることを欲していた。だが今宵の肉穴はどこにでも転がっている肉穴ではない。息子の美しく愛らしい嫁のおまんこである。それに我が一物をぶち込めるのだ。与兵衛は、どうせよがらないお八重の態度に愛想を尽かし、自分だけの快楽を追求することにした。お八重の股ぐらに膝を突き、勃起した陰茎を16歳の膣口に宛てがう。ぐいっと腰を押し、お八重の身体に男根をずびずびっと入れる。 与兵衛は腰をぐりぐり廻しした。与兵衛の恥骨がお八重の陰核を擦る。 「お八重?」果ててしばらくしてから与兵衛が云った。「与太郎が畑仕事でくたびれで、おめえを相手にしねえ時はおらんとこさ来(こ)う。いづでも可愛がってやるさげ」 お八重から一部始終を聞いた与太郎は、顔を真っ赤にして憤った。特に、親父が自分の嫁の口に陰茎を押し込んで舐めさせた行為に腹を立てた。初夜権による破瓜の行為を逸脱していると思った。しかし、全ては終わってしまった。いまさらことを荒立てても親子の関係を悪化させるだけである。憤懣やるかたない与太郎は、弟の与作(16歳)に父親の所業について語った。未婚の与作に祝言の夜どんなことが起るか、前もって教えたのだ。 与作は木を伐る腕だけが自慢ではなく、兄よりも才覚があったし、若者組のリーダーでもあった。若者組は若衆宿で親睦の集いを持ったり、祭礼など催しの策を練ったり、地域ぐるみで必要な共同作業をしたりする未婚の青年たちの集まりである。与作は梅田村のお光(14歳)と夫婦になる約束をしていたから、兄の話は他人事ではなかった。これから嫁を貰おうという若者組全員にとっても他人事でなかった。彼らは若衆宿で侃々諤々議論し、ある結論に達した。 貧農の倅・松造(17歳)が嫁を貰うことになった。当然ながら、松造は初夜権を買い戻せなかった。与兵衛はいそいそと初夜権行使に出掛けた。与兵衛は、用意された床の上で半勃起状態の男根を弄くりながら花嫁を待つ。肌襦袢姿で現われたのは、お豊という52歳の寡婦であった。 与兵衛はむっつり立ち上がって去りかける。 与兵衛は名主たちに「新婦が50歳以上の場合は、初夜権の適用除外とする」と通達した。 これまた貧農の倅・伍作(16歳)が祝言を挙げることになった。与兵衛は飛ぶように伍作の家に出向いた。何と、新婦は新田郡六ヶ村の中でも指折りの醜女(しこめ=ブス)と評判の竹田村のお輝(40歳)であった。 与兵衛は今度も「新婦がブスの場合も初夜権を適用しない」と通達したかったが、これは諦めた。美醜は個人個人で基準が異なるし、あまりに沢山の例外を設けるのも体裁が悪かったからだ。 与兵衛の次男・与作が嫁を貰いたいと父親に云った。 新田郡六ヶ村の若者たちが、続々選り抜きの醜女や50近い寡婦と祝言を挙げると云い出し、与兵衛は悲鳴を挙げた。ブスや婆(ばばあ)との義理まんなんぞご免である。与兵衛は初夜権をやめたくなったが、それを藩主に申し出ることは出来なかった。一旦立法化されたものを改訂・廃棄するのは容易ではないからだ。で、依然として法は法だが有名無実にするという方法を採用することにし、新田郡六ヶ村の名主たちに通達した。 代官が初夜権行使をやめると、寡婦や醜女と一緒になった若者たちは全員が娶(めと)った女たちを(計画通り)離縁し、前々から相思相愛であった若い娘たちと祝言を挙げた。与兵衛の次男・与作も、梅田村のお光を嫁に迎える準備を始めたのであった。 |
Copyright © 2014 Satyl.net
E-mail: webmaster@satyl.net