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6. 大工交響曲「合掌付き」

茂君と幸ちゃんの伯父さんは、今度も日本を去る前に一つの工事を発注して行った。裏のモービル・ホームは幸ちゃんと伯父さんが半分ずつ仲良く使っているのだが、母屋との往復に一々外へ出なくてはならないのが難点だった。雨の日などは傘を差さなくてはならない。伯父さんは学校の屋根付き渡り廊下のようなものを作ることにし、近くの大工の何人かに見積もりをさせ、そのうちの一人を選んで発注して行った。

大建築ではないので、やって来たのは二人だった。一人は棟梁で熊さんと云い、もう一人は兄弟分らしい八っつあんだった。どちらも35歳前後である。二人とも伝統を重んじるクラシックな大工のようで、地下足袋にニッカボッカを履き、腹巻きをし、頭には手拭いを丸めた鉢巻きをして、涼しい日には半纏を着用する。

土台のコンクリートは別の会社がミキサー車でやって来て、熊さんと八っつあんが組み立てた枠組みに流し込んだ。それが固まると、二人の本式の出番である。木材を搬入し、二人は寸法に木を切断し、鉄のボルトとナットで組み立てて行く。

大工もクラシックだが、注文主のおばさんもクラシックである。10時頃にお茶か冷たい飲み物を出し、昼には店屋物をとってお茶、漬物などを添えて供する。熊さんと八っつあんは「腹にたまるものがいい」と、毎日カツ丼を希望した。土、日を除いて、おばさんは毎日近くの蕎麦屋からカツ丼を取り寄せた。そして、三時にはお茶とお茶菓子をすすめた。熊さんと八っつあんは教育こそ不足しているようだったが、すこぶるお行儀が良かった。食事や茶菓を頂く前には「頂きます!」と手を合わせ、頂いた後には「御馳走さまでした!」と手を合わせた。

おばさんは食事の時には(勝手に食べて貰うのが気兼ねなくていいだろう)と、お茶の注ぎ足しに行く程度だったが、三時のお茶には二人の話し相手になった。
「お二人はご兄弟じゃないんでしょう?」とおばさん。
「奥さん、冗談云っちゃいけやせん」と熊さん。「こんなむさい野郎と兄弟なんて真っ平だ」
「なに云ってんだ、兄貴。むさ苦しいのは兄貴の方じゃねえか」と八っつあん。
確かに、熊さんは丸顔に髭と顎髭を生やし、喜劇の山賊のメーキャップみたいで、到底クリーンなルックスとは云い難い。しかし、八っつあんも花王石鹸のロゴのように長く反り返った顔は、どう見ても二枚目ではない。

「本名は何て云うんですか?」とおばさん。
「あっしは熊太郎。弟は寅次郎で、なんか日本中を飛び廻ってテキヤをやってまさあ」
「おいらは八五郎。上の兄は六五郎(むつごろう)ってんですがね」
「落語に出て来そうな組み合わせですね。いいコンビだわ」
「止しとくんなさい」と熊さん。「こいつぁ貧乏神でさあ。早く別れてえんですが、小判鮫みてえにくっついてやがって」
「奥さん、兄貴はあんなこと云ってやすが、おいら抜きじゃ生きていけねえんすよ」と八っつあん。
「それはまた、どうして?」とおばさん。
「八、止めろ!」と熊さん。
「止めるもんか。兄貴んとこは年柄年中夫婦喧嘩してやしてね…。あわわ!」八っつあんは熊さんから口を押さえられてしまった。「おいらが仲裁しねえと…ふぎゅぎゅ」
「奥さん、どうも御馳走さまでした」熊さんは澄ました顔で合掌した。八っつあんも慌てて合掌。

好天に恵まれ工事は順調に進み、二人の大工は機嫌が良かった。おばさんも二人の素朴で善良な人柄が気に入った。

「あと何日かかるでしょう?」とおばさんが、ある日のお茶の時間に尋ねた。
「このまま天気が保ちゃあ、あと二日かね。なあ、八?」と熊さん。
「そう。奥さんとお別れするのは寂しいけど、あと二日だね」
二人はいつものように「御馳走さまでした」と合掌して、仕事に戻った。

次の日、おばさんは二人がカツ丼を食べた後のお茶をサービスに行った。
「御馳走さまでした」と二人が合掌した。
「ほんとに、いつもいつもカツ丼で厭きないんですか?たまにはお寿司でも…と思うんですけど」とおばさん。
「奥さん!奥さんはやさしいねえ」と熊さん。「お寿司だなんて気ぃ遣って貰って、こんな嬉しいことはねえです。実は、毎日仕事が終わってこの八公と呑むと、二人で奥さんの話ばっかり」
「まあ!」おばさんは驚く。
「兄貴、止めろ!」と八っつあん。
「いいじゃねえか。悪口じゃねえ、褒め言葉なんだから」と熊さん。
「でも…」と八っつあん。
「あたしのどんな話?」おばさんが興味を抱く。

「奥さん、あっしは満足に教育も受けてねえがさつな野郎だ。失礼があったら許しておくんなさい」と熊さん。「本来、奥さんのようなインテルとお話出来るような立場じゃねえんだが…」
「兄貴、インテリだろ?」と八っつあん。
「TVでインテルって云ってたぞ?」と熊さん。
「あたし、高校卒ですからインテリなんかじゃないわ」とおばさん。「続けて」
「八がですね、嫁さん貰うんなら奥さんみたいな人がいいって…」
「兄貴!自分だっておかみさんが死んだら奥さんと一緒になりたいって云ってたくせに」と八っつあん。
「まあ、ずいぶん不謹慎な発言ですね」とおばさん。
「奥さん、うちのかかあは人一倍丈夫なんです。あっしより先に死にっこありやせん」と熊さん。
「よかった、冗談なのね。では、お粗末さまでした」とおばさんが去ろうとする。

「奥さん!待っておくんなさい」と熊さん。「ここまで話したんだ。もう少し、聞いてやって下さい」
おばさんは座り直した。
「あっしは奥さんの、その白魚のような指に惚れやしてね。なんせ、うちのかかあのなんか、軍手はめてるのと変わらないんで」と熊さん。
「おいらは、奥さんのその小さくて白く綺麗な足だね。夢にまで出て来る」と八っつあん。
「あっしがその奥さんの指に触れたら、キザなようだがその指にキスしてえ」と熊さん。
「おいらは奥さんの足の指、一本一本舐めたい」と八っつあん。
「まあ!」おばさんは身を固くする。
「安心しなせえ」と熊さん。「二人で奥さんに襲いかかってどうこうしようなんて思ってやせんから」
「こう出来たらなあって願望でやすからね」と八っつあん。

「願望ついでに云わせて貰えば、奥さんの指にキスした後、奥さんの肩を抱いて首筋にもキスしたい」と熊さん。
「おいらは、奥さんの足を舐めた後、そーっと手をふくらはぎへ伸ばしたい」と八っつあん。
「でもって、奥さんが『はあああーん!』とか云ってくれたら、あっしは奥さんの着物に手を入れておっぱいをまさぐる」と熊さん。
「おいらの手は次第に奥さんの太股へと伸びる」と八っつあん。
二人は彼らの“願望”について喋るが、おばさんとの距離は座布団一枚分離れていて、指一本おばさんに触れていない。しかし、おばさんの脳味噌の中では二人から身体をいじくり廻されているも同然だった。おばさんの目は半ば催眠術をかけられた人のように半開きとなっている。

「奥さんが溜め息を洩らすようになったら、あっしはついに奥さんの唇に接吻する」と熊さん。
「その頃、おいらは奥さんの股を開いて、奥さんのおまんこをモロに見る」と八っつあん。
「あたしがノーパンだって云うの?」とおばさん。
「違いやすか?」と八っつあん。
「ピンポーン!」とおばさん。
「で、あっしは奥さんの帯を解いて、着物をはだける」と熊さん。「奥さんの白く綺麗なおっぱいがぶるんと揺れる」
「おいらがズボンを下ろして奥さんのおまんこに攻め入ろうとすると…」と八っつあん。
「あっしが、『おい、八!兄貴分のおれが先だろうが!』と止める」
「おいらは『仕事じゃ兄貴は兄貴分だけどよ、これは別だぜ!』と抗議する」
「『んじゃ、じゃんけんだ。いいな?』とあっし」
「『んもう。よし、じゃんけん!』とおいら」
「『ぽん!あいこでしょ!あいこでしょ!』」と熊さん。
「『あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!』」と八っつあん。
「長いじゃんけんね」とおばさん。

「ただいまー!」そこへ幸ちゃんが帰って来た。
熊さんと八っつあんはパッと電気がついた映画館の観客のように白昼夢から覚めた。二人は「御馳走さまでした」と合掌して、仕事に戻って行った。おばさんは股の間をびとびとにして取り残された。

ついに渡り廊下は完成した。おばさんは最後の茶菓を熊さんと八っつあんに供した。熊さんは見積もりとぴったりの計算で建築出来たので、追加のお金も何も必要ないと云った。
「それはいいけど、もうこちらへお邪魔出来なくなるのが寂しくてねえ」と熊さん。
「毎日、奥さんの顔が見られるのが楽しみだったんだけどね」と八っつあん。
「じゃあ、もう一つ仕事を上げましょう」とおばさん。「お二人に見て頂きたいものがあるの」
おばさんは先に立って奥の部屋に案内する。熊さんと八っつあんは地下足袋を脱いで、おばさんの後を追う。
「戸袋かね、天井かね?」と熊さん。

おばさんはいつも敷いてある布団の上に立ち、帯を解き、前をはだけた。
「おーっ!」と熊さん。
「あわわわ!」と八っつあん。
「さ、じゃんけんしなさい」とおばさん。
「おおおおおお奥さん!ほほほほホントかね?」と熊さん。
「兄貴、聞いちゃ駄目。ああ云ってくれてるんだから、素直に頂こうよ」と八っつあん。
「あめえ、たまにいいこと云う。よし、じゃんけん!」
「ぽん!あいこでしょ!あいこでしょ!」

どっちが勝ったかはともかく、二人とも「頂きます!」と合掌しておばさんに飛びかかったのであった。




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