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13. 逃走

萬造と宗治の葬式は(仕方なく)地主である庄屋が執り行った。庄屋は孤児(みなしご)となったおまんを自宅に引き取ると宣言し、村人たちを感動させた。村人たちは庄屋を情け深い聖人のように褒めそやした。

庄屋はおまんを自宅の奥座敷に呼びつけた。床の間を背に庄屋が分厚い座布団に座り、女房と娘の千恵が横にはべっていた。
「おまん。おめ(お前)をこのえ(家)に置いてやるが、それはおめ(お前)の父ちゃんの借金を働いで返(けえ)させるためだ」と庄屋は云った。「おめ(お前)の父ちゃんにはおめ(お前)が死ぬまで働いても返(けえ)せねほど金ば貸してる。おめ(お前)はそれを返(けえ)さんなね。ええな?」
おまんには父の借金の額も知らなかったし、どうやって返せばいいのかも分らなかった。 「おめ(お前)は当分下女の手伝いをすっだ。三年も経ったれば女中になれるべ」庄屋が云った。おまんと同い年の千恵がいる場で、下女よりも下であるという宣告は非常に侮辱的なものであった。身分の違いをハッキリさせた言い草だったからだ。「おめ(お前)はきちんとするのが好きだそうださげ、土蔵の整理もさせでやる」
「土蔵の整理?」ろくに蔵に入れても貰えない女房が云った。
「なに、埃を払って、雑巾掛けするぐらいのこった」庄屋が云った。「よし、早速蔵の中を見せてやるが!」庄屋が立ち上がった。

土蔵の中は綺麗に片づいていて、別におまんが何かをする必要があるようには見えなかった。庄屋はその辺にあった茣蓙(ござ)を広げ、おまんを押し倒して乗っかって来た。
「やめでけろ、庄屋さあ!」おまんは必死で抵抗する。もう父も兄もこの世にいない今、「嫁になる」と誓った卓二以外の男におまんこさせるのは嫌だった。卓二に済まなかった。
「こいづはおめ(お前)の仕事の一つだ。おめ(お前)の父ちゃんの借金返(けえ)す仕事だ。四の五の云わずにおれの云うごど聞くだ」庄屋はおまんの着物の裾をめくり、下半身を剥き出しにしようとする。
「あんだ、あんだ!」女房の声がした。
「何だ、いま忙しいだ!」庄屋が怒鳴る。
「消防署と警察の旦那方がおまんに会いでえって」と女房。
「クソ!」庄屋はおまんの耳に口を寄せた。「ええが?これが蔵の整理だ。こんだは素直にやらせろ。ええな?」 庄屋はおまんに身仕舞いを整えさせ、何食わぬ顔で土蔵を出て行った。

夕刻、卓二が一人で台所で洗い物をしているおまんに寄って来た。
「おまん!」
「卓二さあ!」思わず卓二に縋り付こうとするおまんを卓二は止めた。
「待て、おまん。誰かに見られっどまずい。終ったら泉水のとごさ来(こ)」

数分後、二人は宵闇に紛れて泉水の傍で抱き合った。
「おめ(お前)の父ちゃん死んだのは気の毒だけんと、女郎に売られねでよがったでねが」卓二が云った。
「もっと悪(わり)いだ」おまんが云った。
「な、なして?」
「庄屋さあはおれの身体ばおもちゃにする気だ」
「えーっ?」卓二がたまげる。
「今日、ちゃんとそう云っただ。こん次、土蔵さ二人で入(へえ)ったらやられるだ」
「そっだひでえごど!」
「おれの身体で父ちゃんの借金返(けえ)すんだど。庄屋さあは鬼みでな人だよ」
「ほんてん(本当)が?」
「ほんてんだよ」おまんが泣きじゃくる。「おれ、卓二さあのほがに誰にもぺっちょ(おまんこ)されだぐね。どうすればいいだ、卓二さあ!」
「ううむ」卓二もすぐには答えられない。

「逃げるべ。金もあるさげ、すぐに逃げるべ!」おまんが卓二の腕を揺する。
「ううむ」
「卓二さあ!」
「よし!逃げっか」卓二は、自分の嫁と決めた女をジジイのおもちゃにされたくなかった。
「うん!」おまんが大きく何度も頷く。
「んでも、川下りの舟は使えねえな」と卓二。
「なして?」
「おめ(お前)は下女の手伝いで夜明け前から働(はだら)ぐだべ?朝の舟出るのは奉公人にまま(食事)出す頃だ。おめ(お前)がいながったら、すぐばれる。次の船着き場に誰かが馬で飛んでって待ってるべ。ずげん(じきに)連れ戻される」
「んだなあ」おまんは卓二の思慮深さに感心した。
「とりあえず歩ぐだ。二日ぐれえ歩いだら、追っ手も諦めるべ。そしたら、どっかで舟に乗ればええ」
「ほうすっぺ(そうしよう)」おまんは卓二の判断を信じている。
「すぐ逃げるべ。おめ(お前)、誰がの丈夫そうな草履盗んで履いで来(こ)」
「わがた」
「おれもいい靴めっけですぐ戻る。ここで会うべ」
「わがた」二人は左右に別れた。




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