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39. 養女縁組

卓二はすんなりと多賀屋の養子となった。郷里の母親が大喜びで手続きを済ませてくれたからだ。

おまんに関してはコトはそう簡単ではなかった。多賀屋の次男(卓二)の嫁となるのであれば、そこら辺から拾って来た野良猫のような嫁であるべきでない。おまんをしかるべき商家の養女とし、それを嫁として迎えるのであれば多賀屋の面目は保たれる。松は酒田のいくつかの豪商から、生糸問屋・越後屋を選んだ。生糸問屋は商売敵ではないし、松は越後屋の主人・久蔵(50歳)を子供の頃から知っており、気心が知れていた。松は養子縁組にかかる一切の費用と、嫁入りに関わる経費は裏で全て多賀屋が持つと言明した。越後屋は名目的におまんを預かるだけで済むわけだから、久蔵は二つ返事で養女にすることを承諾した。

一つ問題が出て来た。孤児であるおまんの養子縁組についても卓二の母親が手続きしようとしたのだが、山中村の役場は認めてくれなかった。六歳以上の養子の場合は、本人であるおまんと養父となるべき久蔵の二名が役場に出頭して手続きしなければならない決まりであると云う。久蔵に最上川を上り下りさせることは予定に入っていなかった。松は恐縮したのだが、気のいい久蔵は「乗りかかった舟だ」と労を厭わなかった。

久蔵は、志乃からいい着物を着せて貰ったおまんを伴い、最上川の上りの舟に乗った。上りは人力に頼るので遅々として進まない。第一日目は志乃の実家である神社の客となった。巫女さんはおまんにとって目出度い話に、まるで自分の孫娘が玉の輿に乗ったように喜び、越後屋とおまんに出来る限りの御馳走を振る舞った。“親子”ということで、久蔵とおまんは客室に一緒に寝せられたのだが、久蔵が寝入るとおまんは布団を忍び出て、フィスト・ファッキングで歓待の御礼をしようと巫女さんの寝室に向かった。しかし、巫女さんは「とんでもねえ!」と首を横に振った。越後屋によがり声を聞かれでもしたら、志乃に恥ずかしい思いをさせるから…というのが理由だった。おまんはいささか拍子抜けして寝床に戻った。

道中、越後屋久蔵は養蚕や絹について色々とおまんに教えてくれた。何も知らないおまんにとって、カイコが繭を作り、それから得た絹糸を染めて織物となり、最後に立派な着物になるなどということはまるでおとぎ話のようだった。
「帰りに養蚕農家を見て廻るさげ、そん時いまっと(もっと)教えでやってもええど」と越後屋が云った。
「是非お願えするす!」おまんが熱心に云った。
越後屋は嬉しそうに何度も頷いた。昔は二枚目であったろう越後屋の顔は、今は人生の裏表を知った渋みのある穏やかさをたたえていた。おまんにとっては、自分の身体を弄ぼうとしない初めての大人の男性であり、越後屋久蔵は頼りに出来る人だと思った。

二人はその後二泊してやっとおまんの郷里である山中村に到着した。その夜はおまんが顔も見たくないと思っている“庄屋”の家に泊まることになった。越後屋は生糸問屋としてこの村にも買い付けや養蚕の指導に訪れており、庄屋とも顔馴染みだったのだ。庄屋とすれば豪商である越後屋と親しくしておくのは有利だったから、下にもおかぬもてなしをした。

おまんが食事を済ませ、早々に用意された寝所に引き取った後も、庄屋は越後屋に酒を勧めた。庄屋は日露戦争の話や、米や絹の相場、果ては芸者や女郎の話までして、越後屋の御機嫌を伺った。いい気持に酔った越後屋が食事を済ませ、いざ引き取ろうとした段になって、庄屋が越後屋に囁いた。
「越後屋どん、ざっくばらんに云わせで貰いでえども…」と庄屋。
「ふむ。何でがんす、一体(いってえ)?」と越後屋。
「越後屋どんはおまんとは血の繋がりはねえし、この養子縁組も形だげだそうださげ、頼みがあるっす」
「庄屋どん、おれは回りくどい話は嫌(きれ)えだ。一体どだいなごどでがんす?」
「んだば、はっきり云わせで貰うす。おまんを今一遍抱かしてけらっしゃい」と庄屋。
「?」越後屋には何のことか分らない。
「あれがこの村さ居だ時分、何度かあれとぺっちょしたごどあるす。あ、もぢろん乱暴したわげでねぐ、父親の承諾あってのこんですけんど」
「…」あまりにも途方もない話で、越後屋には信じられない。

「おまんが多賀屋どんの嫁さなったら、もうおいそれとやれるもんではねえ。これが最後の機会だかす(知)んねど思うっす」
「待ってけろ!庄屋どん、あんた、あげなわらし(子供)とぺっちょしたて云うのが?」
「お恥ずがしい話っす」と庄屋。
「あん年だば乳もけっつ(尻)も出てねえべ。何が面白くて…」越後屋には理解出来ない。
「あのぐれの年のへなこ(女の子)のぺっちょはえれえきづいんだっす。だんべ(摩羅)に吸い付いて来て、もうこてえらんねっす」
「…」越後屋にはショックだった。越後屋も芸者と寝たり、女遊びはしていたが、庄屋の話は全く未知の世界のことであった。
「実はですの。おれは多賀屋どんの娘も抱いだごどあるす。あのオナンコもほんてんいがったす」
「お多代ちゃんと?」多代もまだ12の子供だ。越後屋は目眩(めまい)がする思いだった。
「んだ。多代とが云ったなっす。おっぱいが膨れかけて来たばかりで、そらめんこがったす」
「ほんて(本当)?」
「ほんてんす。おまんのおっぱいは平らだったげんと、今はどうですかな。一遍見でえもんだっす」
「…」越後屋は呆然としていた。
「越後屋どん、お願いするす!おまんとやらしてけらっしゃい!」庄屋が這いつくばるように頼む。
「なんね!」越後屋が断固たる口調で云った。「おまんは多賀屋どんからの大事(でえじ)な預かりもんだ。いぐら庄屋どんの頼みでも、そげなごどは出来ね相談だ」そう云って越後屋は立ち上がって荒々しく部屋を出て行った。

越後屋が寝室に入って行くと、二つ敷かれた布団の一方がもぞもぞと動いておまんが顔を出した。
「旦那様!お先に寝せで貰っでだっす」おまんが挨拶する。
「まぁんだ起きてたのが?眠れねのが?」
「そげなごどね(ない)ですけんど、旦那様より早く寝では悪(わり)いがら…」
「ほげなす(馬鹿)。わらし(子供)は早ぐ寝るもんだべ」
越後屋も用意された寝間着に着替え、布団に入った。目をつぶると、庄屋の云った言葉が次々と頭の中で再生された。
「おまん。まぁんだ起ぎでるが?」暗闇の中で越後屋が聞いた。
「へえ。何でがんす?」とおまん。
「おめ、あの庄屋とぺっちょしたってほんて(ほんと)?」
おまんがガバッと起き上がった。衝撃だった。
「しょ、庄屋さあが喋ったでがんすか?」とおまん。
「おめの父親が許したつうのもほんて?」
おまんはがっくりと肩を落とした。何もかもバレてしまった。もう養子縁組は御破算かも知れない。目の前が真っ暗になった。
「黙ってねえで答えるだ」と越後屋。
「父ちゃんは庄屋さあからいっぺ(一杯)借金してだっす。庄屋さあは、おれとぺっちょさせれば借金の半分ば棒引きにするって父ちゃんに持ち掛けで…」
「おめもいいつったのが?」
「ただめんこがって貰うだげだと云われでたんだず」
「そん時は処女だったんだべ?」
「へえ」

越後屋は呆れた。借金を12歳の処女との性交で棒引きにするという庄屋も庄屋だが、その話を飲んだ父親も父親だ。いくら貧しいからと云って、あんまりな話だった。しかし、旱魃などの後には女郎屋に売られる娘は沢山いる。それに較べればまだましなのかも知れなかった。
「もういい。寝るだ」越後屋が云った。
「へえ。お休みなせえ」とおまん。布団に潜り込んだが、これからどうなるのか不安で、おまんはしくしく泣き出した。
越後屋にはおまんが哀れだった。この子が悪いのではない。大人たちの犠牲になったに過ぎない。越後屋はおまんの布団に近づいて、おまんの髪を撫でた。
「むずこい(可哀想だ)な。でも、泣くな、おまん。なんも心配すんな。おめは明日おれの養女になって、しばらくしたら多賀屋の嫁になるだ。いいことだけ考えで、いい夢見ろ」
「へえ」おまんがくぐもった声で返事し、やっと泣き止んだ。

翌日、二人は村役場に出向きいくつかの書類を書き、役人と面接した。書類は受理され、おまんは目出度く越後屋の養女となった。

おまんは養父・久蔵を自分の家があった所に案内した。家の柱や焼け残った土壁などは取り除かれており、黒い焼け土が平らになっているだけだった。おまんの脳裏に、来る日も来る日も父と兄にのしかかられ、無理矢理おまんこされた苦い思い出が甦って来た。
「この土地はおめのもんだべ。庄屋に掛け合ってやる」と久蔵。
「駄目でがんす。父ちゃんは借金の半分返(けえ)す前に死んださげ、今はこの土地も庄屋さあのもんだっす」
「ほんて?」
「それでも不足で、おれは庄屋さあの女中んなって、土蔵でぺっちょせねばなんねどごだったす」
「なに!」
「それがやんだくて(嫌で)逃げで酒田さ行ったっす」
「ひでえ話だ!」と久蔵。

「誰がほがに会いでえ人はいねえのが?」と久蔵。
「会いでえ人はねえども、母ちゃんの墓に参りでえっす」とおまん。
「おお、んだな。父ちゃんと母ちゃんに、越後屋の養子になったって報告すねえどな」
二人は近くの寺の墓所へ行った。おまんの家の墓は雑草を抜く人も掃除する人もなく、草ぼうぼうだった。おまんが草を引っこ抜き始めると、久蔵が止めた。
「待ってろ。住職に頼んで来(く)っだ」久蔵はそう云うと、庫裏の方に向かった。ややあって、久蔵は小坊主と寺の墓掘り人足を連れて戻って来た。充分な金を貰った二人は、持って来た道具を使ってあっという間に墓を綺麗にして去って行った。久蔵は、住職から分けて貰った蝋燭に火を点け、その火を線香に移した。久蔵は線香のほとんどをおまんに与えた。おまんはその半分を家の墓の前に、そして母の戒名が書かれたかなり古びた卒塔婆の前に残り半分を捧げた。真新しい父親と兄の卒塔婆には見向きもしなかった。
「おまん。父ちゃんとあんつぁにはやらねのが?線香ならまだあっぞ」と久蔵。
「ええんだす」とおまん。
「なして?父ちゃんとあんつぁは嫌(きれ)えなのが?」
「…」おまんは黙っている。
「何かあったのが?恨んでるのが?」久蔵が聞く。
「うわーん!」おまんが泣き叫んで久蔵に抱きついた。
「何だ、一体(いってえ)?」
「庄屋さあにおれば抱がせだ後、父ちゃんもあんつぁもおれにぺっちょしたっす!」おまんが泣きながら云う。
「まさが、そだなっ!」久蔵は衝撃を受ける。
「ほどんと毎日やられだっす」とおまん。
「…」久蔵は言葉を失った。
「線香なんか上げだぐねっす」おまんがきっぱりと云った。




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