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71. 途中下車

最上川下りの起点を過ぎ、馬車を雇った一行は新庄に入った。この町は太平洋岸と日本海側を結ぶ交通・経済・文化の交差点として賑わっていた。一行は奥羽線の主要駅である新庄駅に向かった。
「あじゃー、陸蒸気(おかじょうき)つうのはこげんでげえ(大きい)もんが!」おまんが驚いた。おまんと卓二は蒸気機関車について聞いてはいたが、見たことはなかった。おまんは、黒く大きく逞しく丸い形は男根のようだと思い、微かに頬を染めた。
ジャックはおまんと卓二の行李をチッキ(手小荷物輸送)にし、手荷物は自分とベティのボストン・バッグだけにした。卓二がベティのバッグを持つと意思表示をし、ベティが「アリガトー」とにっこり微笑んだ。
ジャックは駅弁を人数分買い、おまんと卓二に蜜柑や茹で卵を買い与えた。おまんと卓二は車窓を過ぎる木々や家々、牧場などに目を見張り、トンネル、鉄橋などの通過に喚声を上げた。少年少女の興奮を見て、ジャックとベティもにこにこしていた。おまんと卓二は物見遊山の楽しい気分を味わい、次第にジャックとベティに心を開くようになった。

車中、ジャックはおまんと卓二が東京で受ける教育について語った。もちろん小学校から始めなくてはならないが、本当の小学生よりは頭脳が発達しているので、超特急で学習出来る筈だと太鼓判を押した。そして、他の科目とともに英語を勉強すべきだと説いた。
「オマンコチャンハ、商人ニナリタイソウダネ?」とジャックが云った。松が大臣に話したことを聞いているのだ。
「んだっす。多賀屋の大奥様みでになりでっす」とおまん。
「おれは何になるかまで決めてねえけんど、役人か給料取りがいいがなと思ってるっす」と卓二。
「キミタチ。外国語ガ話セレバ、外交官ヤ会社ノ高給取リニナルノモ、夢デハナイノダヨ」とジャック。
「ソーヨ!」ベティも口を添える。「ふらんす語、すぺいん語デモイイケド、イツカ英語ガ世界ノ共通語ニナルワ。英語ヲ覚エルベキヨ」
おまんと卓二は顔を見合わせて目を丸くした。どん百姓の子供にそんな未来が開けるなんて、信じられない思いだった。おまんは、父に小学校へ通わせてくれとせがんだほどだから、向学心はあった。卓二も頭がいい方なので、何でも吸収出来たし、男としてちゃんと身を立てたいという願いも強かった。おまんと卓二は希望に胸を膨らませた。

列車は山形を過ぎた。米沢で福島行きに乗り換える。福島駅で馬車を雇った一行は、ある温泉に宿泊することにした。ジャックもベティも日本の温泉が大好きだったのだ。

四人は一緒に露天風呂に行った。体格のいいジャックとベティには、日本の浴衣がつんつるてんで、腕や脛がかなりはみ出している。脱衣所で、おまんと卓二はアメリカ人が男女とも性器丸出しで大らかに行動するのに驚いた。日本人のように手拭いで陰部を隠したりしない。茶色っぽい黒髪のジャックは、胸毛が熊のようにもじゃもじゃで、腕も太腿も毛だらけである。おまんは(さすが“毛唐”と呼ばれるだけのことはある)と思った。ジャックの摩羅はだらんとぶら下がっている状態なのに、清蔵の勃起時の長さと太さを備えていた。おまんは、あれが勃起したらどうなるのだろう?と想像しないではいられなかった。卓二は横目でベティの裸身を見ていた。ベティの肌は山形の女たちの白い肌よりもっと白く、まるで蝋のようであった。乳房は卓二がかつて見たこともないほど巨大である。カールした頭の金髪と同じ金色の陰毛。卓二は口をあんぐりさせてベティの裸身に見蕩れ、おまんからぎゅっと脇腹を抓られた。

ジャックとベティは日本酒の熱燗を呑んだ。おまんと卓二は先に御飯を食べ始めた。
「ボクラ夫婦デ、キミタチニ英語ヲ教エテ上ゲヨウ」とジャックが云った。
「これはお米です」ベティが箸で器用に御飯を少し摘んで云った。「This is rice.」
「Dis is lice.」卓二がベティの真似をした。
「No, no!」ベティが上の歯に舌先を当てて見せる。「ズ、ズ」ベティが見本を示した。
「ズ」卓二が真似をする。おまんも声を出さずに口の形を作ってみる。
「This」ベティが舌を歯に当てて外しながら発音する。
「This」と卓二。
「Good! This is rice.」とベティ。
「This is lice.」と卓二。
「No! Liceハしらみデース」ベティが口を丸めて突き出し「うらいす」と発音する。
「ウライス」と卓二。
「This is rice.」とベティ。
「This is rice.」と卓二。
「Very good!」ベティが微笑んだ。
卓二はベティの笑顔で、自分がちゃんと英語を話せたと確信して、にこにこした。

「これは魚です。This is fish.」ジャックが刺身を一切れ箸で摘み上げて、おまんの顔を見つめた。
「This is fish.」ジャックの口元を見つめていたおまんがおうむ返しに云った。
「Perfect!」ジャックは驚いた。(この子供たちは賢い!)
「This is Oman.」と卓二がおまんを指差しながら云った。
「This is Takudon.」おまんも卓二を指差しながら云った。
「ワハハハハハ!」ジャックが子供達の賢さに呆れ顔で笑い、刺身を口に抛り込んだ。
「Wonderful!」ベティが驚嘆した。
おまんと卓二は、小学校も出ていない自分たちが英語を喋ったことに誇らしい思いで、顔を見合わせてにっこりした。

「大臣ノ家デ暮ラスヨウニナッタラ、ミッチリ英語ヲ教エテアゲル」とジャック。
「ソノウチ、ペラペラ話セルヨーニナルワ」とベティ。
「ほんてんが?!」卓二が興奮する。
「あんた!」おまんが卓二の着物の袖を引っ張る。「うま過ぎる話には、気いつけねど…」
「え?」と卓二。
「ドウユーコト?何イッテルンダ?」ジャックが聞き咎める。
「旦那さんはおれとぺっちょしてんだべ?奥さんは卓どんと…」
「エーッ?」ジャックが図星を指されてたまげる。
「What's "petcho"?」ベティが夫に聞く。
「It means fuck or fucking in northern dialect.」
「Wow! She knew what we wanted!」
「ドウシテ分カッタノ?」とジャック。
「日本のしぇんしぇい(先生)はみんな助平だなだ。アメリカ人も変わりあんめど思っただ」とおまん。女先生は少年とのおまんこを愛し、男先生と明男も成人女性より少女を好むことで共通していた。

「正直ニ云オウ」ジャック。「ボクタチハ昨夜マデ日本ノ少年ヤ少女トオマンコシタイナドト思ッテナカッタ。ダケド、君タチガオマンコシテルノヲ見タラ、ボクラモ君タチトヤリタクナッタンダ。頼ム。ヤラシテ!オ願イ!」
「生憎だけんど、お断りするす」とおまん。
「ソンナッ!ドーシテ?」ジャックが切ない顔をする。
「おれたちは力づくでぺっちょされだり、義理でぺっちょせねばなんね目にばがり遭って来たっす。山形ば離れだら、もうそんなごどしたくねっす」おまんが毅然として云った。
「デモ、君ハ大臣トオマンコスルンダロ?ソレモ義理ジャナイカ」とジャック。
「大臣さあは、お国のために働く偉い人だっす」とおまん。「おれが大臣さあとぺっちょするのもお国のためだっす」 アメリカ人のジャックには、この日本の少女の理屈が理解出来なかった。政治とセックスがどう関係あるというのか?しかし、女が有名人や大金持ちに股を開くのは洋の東西を問わないから、自分たちが単にこの子の眼鏡に適わなかったのだと思うしかなかった。
「ソーカ…」がっかりしたジャックは元気なくぼそぼそと食事を始めた。
性の欲望を曝け出し、相手から拒否されることほど惨めなことはない。面目は丸つぶれ、権威は失墜、この後どうやって相手との関係を保てばいいのか途方に暮れてしまう。ジャックもベティも俯いたまま御飯をかき込んだ後、二人揃ってまた温泉に向かった。

女中が来て、食膳を廊下に運び出し、四人分の布団を敷いて去った。
「おまん?」と卓二が云った。「怒らねでけろ」
「何だべが、いってえ(一体)?」とおまん。
「おれ、あの毛唐のへな(女)とぺっちょしてえ」卓二がおまんの顔色を窺いながら云った。
「なにーっ!?」おまんが呆れる。「あんた!浮気してえのがっ!」
「浮気ではねえ。毛唐のへなとぺっちょ出来るなて(なんて)一生に一度のこんがも知んね。どんなもんが、やってみで」
「はいづは(それは)浮気でねが!」おまんが卓二の胸ぐらを掴んで揺する。
「んだべが?」卓二が小首を傾げる。
「んだちゃ(そうだよ)。あんた、これまでは犬に噛まれでばかりだったげど、こんだ、犬に噛み付くつもりが?」
「和犬なら噛まね。あれは洋犬ださげな」卓二が笑う。
「笑って誤摩化すんでね、このーっ!」思わずおまんもつられて笑いながら、卓二をぶつ真似をする。「すかだね(仕方ない)。一生に一度だば見逃すべ。しぇーよ(いいよ)」
「おめ(お前)は、あの毛唐のおどご(男)とやんねのが?」と卓二。
「さぎだ(さっき)、あだな(あんな)風に綺麗ごと云って、今さらぺっちょ出来(でぎ)め」とおまん。
「んだば、おれも駄目だ」卓二がしょぼんとする。
「なして?」
「おめ(お前)があのおどご(男)とやんねば、あのおどごがおれにおがだ(奥さん)ば抱がせでくれるわげねべ」
「んだべが?」とおまん。
「んだ」と卓二。




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