[banner]

05. 煩悶

ある日曜 。由美ちゃんは女友達数人と待ち合わせ、ハイキングに出掛けた。

予定地に着いた頃、曇っていた空は一転暗黒となり、稲妻が光ってざあざあ降りとなってしまった。ハイキングは中止となり、濡れ鼠となった女の子たちは解散した。

由美ちゃんがアパートに戻って来た。
「ただいま!」ドアを開けると、何と宏君は女を連れ込んでペッティングの真っ最中だった。由美ちゃんは一瞬で何が起っているかを察知し、次の一瞬でまた表に出てドアを閉めた。(どうしよう!)バツが悪かった。普通なら商店街の喫茶店にでも逃げたい。しかし、まだ雨に濡れた衣服は乾いていない。すぐにでも着替えたい。そのためにショッピングもせずに、真っ直ぐ帰って来たのだ。(どうしよう!)由美ちゃんは困っていた。

「どした。早いじゃないか」兄がドアを開けた。
「雨でずぶ濡れになったの。あの人、いつ帰るの?」と由美ちゃん。
「来たばかりなんだよ。お前、一時間ぐらい外で時間つぶせないか?」
「いいけど、あたし着替えたいのよ!」
「じゃ着替えろよ」

由美ちゃんがアパートに入る。
「こんちわ」と女が云う。見るからに水商売と分る化粧と衣装である。
「こんにちわ」由美ちゃんが云い、すっと奥の部屋に入って襖を閉める。
「宏、あたし帰るわ」と女。
「一寸待ってよ。妹、また出掛けるっていうから」と宏君。
「そーお?」と女。
「兄ちゃん!」由美ちゃんが奥の部屋から声をかける。「あたし、ぞくぞくするから寝る。どこへも行かない」
「えーっ?」と宏君。「約束と違うじゃない!」
「あたし、何も約束してないもん」と由美ちゃん。
「あたし、やっぱり帰る!」女が帰り支度する。「何さ、今日はゆっくり出来るっていうから来たのに」
「じゃ、どっかへ一緒に行こう。めし、奢るから」と宏君。
「結構よ。バイ!」女が出て行く。取り付く島も無い。

宏君は怒った。
「おい!」と襖越しに話しかける。「よくも邪魔してくれたな」
「あたしの部屋にあたしが入って何が悪いの?」と由美ちゃん。
「見ただろ?いいとこだったんだよ。たまのチャンスだってのに、お前ってやつは意地悪いんだから」
「どういうこと?」
「オナニーはしちゃいけない。お前に触っちゃいけない。女を連れ込んじゃいけない。じゃあ、おれどうしたらいいんだよ!気が狂っちゃうよ」と宏君。
バーン!と襖が開いて由美ちゃんが出て来た。服は着替えてある。
「兄ちゃん。あたし、邪魔したんじゃないの。兄ちゃんを助けたの。感謝して欲しいわね」と由美ちゃん。
「なんだと?」

「駄目よ、あんな女に引っ掛かっちゃ。悪い病気を伝染(うつ)されるかも知れないし、ヒモがいるかも知れないし」と由美ちゃん。
「おれの勝手だろ。お前には関係ない」と宏君。
「兄ちゃんがあの人を妊娠させたらどうなる?結婚を迫られたらどうすんのよ」
「そんな。おれはまだ学生だ」
「向こうは誰だっていいかもしんない」
「そんな馬鹿な!」
「あたし、あんな人、『お義姉(ねえ)さん』なーんて呼ぶの嫌よ。あたしにだって関係あるのよ」と由美ちゃん。
「取り越し苦労ってんだ、そんなの。とにかく、おれの交際範囲に口出すな」
「出す」
「なにい?」
「妊娠させたら駄目よ。兄ちゃんの人生お仕舞いだから」
「るせえ」

由美ちゃんは本気で兄を心配していた。宏君は中学、高校ともにいい成績だったし、難関と云われる今の大学にもすんなり入れた。専攻の情報工学はこれからの時代の花形の分野だ。それが、女遊びで躓いたらどんなに馬鹿げているか。どんなに両親が嘆くか。性病を貰うぐらいならまだいい。性病は治る。AIDSなんか貰ったら命取りだ。誰の子か分らないような妊娠によって、女が責任を取れと云い張ることもあり得る。手切れ金だの慰謝料だのを踏んだくられることになったら、出すのは父親だ。今でも学費や生活費で負担をかけているわけだから、父にそんな余裕はないだろう。

兄の女遊びを止めさせるにはどうしたらいいのか?(あたしがやらせる?)冗談じゃない!(あたしの処女は、あたしの王子様のもの。ほかの誰にも許せはしない。その王子様がどこにいるのか、皆目分らないんだけど)




前頁目次次頁


Copyright © 2005 Satyl.net
E-mail: webmaster@satyl.net