[banner]

08. 摩擦

ある日、由美ちゃんがアパートに戻るとドアの前に女が一人立っていた。明らかにキャバレー関係の女性である。
「何か御用でしょうか?」と由美ちゃんが聞く。
「あら、あんたこの部屋の人?」と女。
「ええ」
「宏じゃないの?」
「あたしも住んでます」と由美ちゃん。
「まあ!あんた、宏の何なの?」と女。
「あなたこそ、誰です?」
「宏に用があって来たの。入って待たせて貰っていいかしら?」
「困ります。お断りします」と由美ちゃん。

「あんた何なの?客を断わる権利あんの?」と女。
「あたし、同居してる妹です」と由美ちゃん。
「妹?ほんとかしら?」
「ほんとです」
「ふむ。オッケー。恵美が来たって云っといて。めぐみにうつくしいって書くの。電話待ってるからって。頼んだわよ」女は去った。

宏君が帰って来た。
「めぐみにうつくしいって人、知ってる?」と由美ちゃん。
「何だ、薮から棒に」宏君が当惑する。
「恵美って何者?兄ちゃんの何なの?」
「恵美のことか。恵美がどうしたの?」
「来たのよ、今日。ここへ」と由美ちゃん。
「ふーん?」

「ね?何者なの、あの人?」と由美ちゃん。
「キャバレーの女の一人だ」と宏君。
「どういうつきあい?」
「お前、おれのお袋じゃねえんだぞ。要らぬ詮索すんな」
「あの人、自信ありげだった。真面目なつきあいじゃないんでしょうね?」
「遊びだよ」と宏君。
「もう女遊びは止めるって云ったじゃないの」と由美ちゃん。
「そんなこと云った覚えないね」
「止めると思ったから、兄ちゃんのオナニー黙認したのに…」

「おれだって、あんな女と好きでつきあってるわけじゃないよ」と宏君。
「そうなの?」
「そうさ。やらしてくれるからつきあってんだ」
「好きでもないのに、やりたいわけ?」
「おれの身体が女を求めてるんだ。雄(おす)の本能なんだ。分ってくれよ」と宏君。
「精液が溜まると誰でもいいから、やりたくなるわけ?自分をコントロール出来ないなんて、最低よ」と由美ちゃん。
「なにい!?」宏君が気色ばむ。
「兄ちゃんには愛も恋もない。雄の本能だけで生きてる。そこら辺の犬や猫と同じじゃない。人間以下よ!」
「このーっ!」宏君はバシーン!と由美ちゃんの頬を叩いた。

「わーんっ!兄ちゃん、あたしのこと叩いた。これまで一度だってあたしを叩いたことないのに、叩いた!わーん!」由美ちゃんが手放しで号泣する。
「…」宏君は自己嫌悪に陥る。(弱い妹を叩くなんて、ほんとにおれは最低だ)そう思った。「由美、悪かった。ついかっとして」
「許せない」と由美ちゃん。
「頼むよ。兄ちゃんが悪かった。お前を抱いて謝りたいけど、指一本触れないって宣言したからな…」
「触れるどころか叩いたじゃない、わーん!」
「済まない。どうすりゃいいんだ」と宏君。
「思った通りすりゃいいじゃん」と由美ちゃん。
「?」
「触れていいから、抱いて謝ってよ」
「えっ?ほんとか?」
由美ちゃんがこっくりする。
「由美。痛かったろな。ごめんな」宏君がそっと妹を抱く。
「叩いたとこにチューしてよ」
「ええっ?」
「早く痛いの治して」と由美ちゃん。
「よ、よし!」宏君が由美ちゃんの頬にキスする。

二人のわだかまりはとけた。




前頁目次次頁


Copyright © 2005 Satyl.net
E-mail: webmaster@satyl.net